Villainess of sprig 2


「付き合ってください!」
 帝国学園の校舎裏で、佐久間の耳元に予想した通りの言葉が入ってきた。勿論その言葉を発したのは佐久間の目の前に居る少女で有る。最も佐久間としては その人物に意識の欠片も向けては無かったが。いや、意識の欠片も向けていなかったという言い方は、多少間違っている。うざったいとか、煩わしいとか、そういうマイナスの感情はこれ以上無いくらいにまっすぐに彼女に向いて居た。
「真園、だっけ」
 やっとのことで思い出せた名前を彼は気だるく呟いた。その言葉が聞こえたようで、少女−−真園あぐりの視線はその瞳に明らかな希望を含んで、彼の方へ向けられた。しかし、佐久間はそんな彼女の期待を、一つ残さず摘み取るような冷たい目で彼女に視線を向けながら 言った。
「無理」
 まず一言、簡潔に二文字で否定の意を伝える佐久間。そして、彼女の表情が大分絶望に近いそれに変わったのを見計らって、言葉を続ける。
「正直迷惑なんだよ、お前みたいな勘違いヤローは。こう言うとこ呼び出されただけで変な噂は立つし、詮索はされるしでスッゲー迷惑な んだよ。頼むから身の程知って恋い焦がれるぐらいのレベルで止まってくれない? 普通自分の告白が相手に通じるかどうかなんて、有る程度わかるだろ?」
 真園がどんな気持ちをもって告白したかなんて、勿論知る由もない佐久間は容赦なく彼女を罵倒した。それを聞いた彼女の顔は思いを踏みにじられた絶望と、だけれどまだ彼に対して存在する憧れ、それに加えてその罵倒に対する不快感等、様々な思いが混ざって、何とも言えない表情になっていた。しかし涙が流れ、かなり顔が何時もより崩れていたから、酷い表情で有る事だけは確実な事実だったが。佐久間はその顔を、汚物を見る様に目を歪ませたまま見下すと、更に言葉を続ける。
「それにさあ、女子って噂に敏感なもんなんじゃないの? だったら知ってろよ、俺が今春川と付き合ってる事位知っとけよ。最近はアホみたいに多かった告白してくる女子も居なくなって、あいつとも上手く行ってて凄い楽しいんだよ。だからそういう時にお前みたいな奴が出てくると、また希望を持って告白してくる馬鹿も増えるし、あいつとの間でもそういう話が出てぎくしゃくするし、本当に迷惑なんだよ……」
 そう言って浅く溜め息を付く佐久間。そんな彼に向かって、涙を浮かべた表情のまま、真園はゆっくりと口を開いた。
「でも……」
「口を開くなっての!」
 だが、その言葉は始まりの二文字を発しただけで簡単に遮られた。佐久間が真園に、強烈な蹴りをかましたからである。勿論、女性を蹴っていけないだとか、そういう倫理観は今の彼からは吹き飛んでいた。と、いうか彼は、目の前の物を人間だとは認識していなかった。道端に落ちていた空き缶や、石ころなど、通行の邪魔だから蹴りつけたくなる物だという感じに認識したのだろう。だから佐久間はサッカー部のフォワードとして日々鍛え続けた蹴りを、躊躇無く同級生の少女に打ち込む事が出来たのである。それが持っている威力は当然のごとく凄まじく、それを打ち込まれた真園は軽く遠くへ飛ばされて行った。
「あー、ついやっちまった。さすがにコレは黙っとけよ? いくら春川でも、こんなことがバレたらどう言われるか分からない。分かったか?」
 そんな彼女を、佐久間は依然として目を歪ませたまま見下し続けている。彼女の方は最早、先程の蹴りで感情まで消し飛んだのか、惚けた表情で、その場にうずくまった。
「返事くらいしろよ」
 佐久間はそんな彼女の顔を無理矢理引っ張り上げると、変化の無い表情に向かってそんな言葉を浴びせた。それでも彼女は無表情のままだった。
「ま、いっか。そんな風になって諦めてくれてるっぽいんなら、俺は楽だしさ。ああ、でも此処で従順なふりされて、後でなんか色々騒がれたら面倒だからな。なんか予防策うっとこうか」
 そういうと、佐久間は彼女の顔を地面に少し乱雑に叩き付けると、先程彼女を蹴ったローファーを顔の前へ押しやると、言った。
「舐めろよ、それも飛びっきり嬉しそうな顔で」
 それと同時に携帯のカメラを、コレ見よがしに彼女の顔の前へと構える。
「まあ、分かってるよな。保険代わりだよ、コレくらいやっとかないと言われた時たまったもんじゃないからな」
 最初、その言葉に、彼女は勿論否定の意を示した。しかし、佐久間はそんな彼女の態度に一瞬溜め息を吐くと、仕方なしに携帯を手元に戻した。
「分かったよ、なら仕方ないけど、あんまり素行の良くない先輩達呼ばせてもらうよ。お前,ルックスだけは悪くないみたいだからあの人達も満足するだろうな。それに一人は黒髪フェチ、だった筈だし」
 真園も、佐久間のその言葉に、彼の真意を理解したらしい。急いで彼の足下にすり寄ると、そのまま、砂利で汚れた彼の靴に、舌を這わせた。佐久間はその様子を気怠そうに見ながら、携帯で淡々と録画し続けた。それを 一分程続けた後、携帯をゆっくり閉じると、彼女の前に着けてた足を、思い切り振り払った。さすがに彼のそれは彼女の顔に辺りこそしなかったが、周囲に有った砂を掻き揚げた。無論それらは彼女の顔にかかり、彼女はそれを、少し辛そうに振り払った。
「んじゃ、この動画は取っておくから。ヘタな事は使用と思わないように、な?」
 そういうと彼は携帯をしまって、そそくさと姿を消した。その姿を、真園はただただ呆然と見送るしか無かった。



 捕まえてはみたものの、何もしない相手に対し、成神健也は疑問を抱いていた。
 春川先輩に頼まれて、佐久間先輩に近づく女生徒をマークし、時たまこういうふうに捕まえ始めて、そろそろ二ヶ月が経つ。いつもは優しいあの人が、どうしてこんなことを頼むのかと、成神は多少疑問に感じはしたが、そんな疑問を吹き飛ばす程に彼女が提示した見返りは大きな物だった。まあ、具体的に言うとお金なのだけど、その金額が一人頭マークすれば何千円、捕まえて問いただせば何万円と言う単位のお金が転がり込むのだから、いくらそれなりに家が豪華な成神にとっても嬉しいアルバイトである事は違いなかった。それに、サッカー部として日々の生活を過ごし、頑張りながらも、余りに平和すぎる帝国での日常に萎えつつもあった成神にとってこういった刺激はそれなりに貴重な物でもあった。
 だが、少なくとも成神の記憶では、春川先輩はこういったことをする様なタイプではない筈である。態々大枚をはたいてまで、こんな非人道てきなことを頼んでくる人間では。もしかしたら、彼女にとって、佐久間先輩と付き合い始めた事が何か大きな性格の変化をもたらすことになったのかもしれない。恋人、というのは自分が思っている以上に人を変えるらしいから。
「もう……フラれた、から……」
 そんな事を成神が詮索していると、目の前の少女がうっすらと口を開いた。その表情は先程と同じく呆然としたものだったが、目の奥に少しだけ恐怖が感じられた。
 そういえば−−成神は思い出した。たしかさっき佐久間先輩の話をしたときもこんな表情をしてたはずだ、と。そのあと彼は一人納得した。成る程、つまりもう振られた後だと言う事か。佐久間は、女性を振るときはとても酷い態度を取ると部内でも評判だ。成神は直接見た事は無かったが、何人もの先輩がそれで男性不振になったり、恋愛恐怖症になったとは聞いた事が有る。また、春川先輩っていう彼女ができてからは更に酷くなった、とも。
 成神の脳裏に、ちょっとばかし面白い計画が頭に浮かんだ。そうだな、たまにはこういうのをやってみるのも良いかもしれない。この人が何処まで酷い目に遭うかは想像がつかないけど、赤の他人なんだからどうなろうと知った事じゃない。
「真園先輩……」
 成神は慎重そうな面持ちで彼女にそう、声をかけた。そのあと彼は、真園に先程作った盛大な嘘を吹き込んだ。佐久間先輩が源田先輩に脅されて無理矢理付き合わされてるだの、他人を振る事を強制されてるだの、自分はそんな先輩に無理矢理監視役をやらされてる可哀想な後輩であることだの。おおよそ真実とは無縁な事だが、たしか春川先輩から源田先輩に佐久間を諦めさせれば、普段の何倍ものバイト代を出すって。源田先輩がホモだっていうのも以外だったけど。
「そういうこと、なんですか……。なら、私頑張ります!」
 その話を聞き終えると真園は先程までとは打って変わって真剣な表情になって、そう答えた。成神はその様子に満面の笑みを浮かべた。それはこれから怒るであろう事へ期待と入ってくる筈の大金への笑みであった訳だが、無論彼女の目には、その話をなんとかするといった真園への期待のそれだと写っていた訳だが。
 なんにせよ、面白い事になりそうだな。成神は元気を取り戻して去って行く彼女の背中を見ながら、ボソリと呟いた。


モドル






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