日常があの声ひとつで壊れていった、駄目だよ、絶対に駄目。
だってこれは私の人生だもの、普通で平凡で、いつか恋をして結婚して子供を産むの。
それでいいの、こんな声なんかいらない、あなたなんかいらない。

要らない。










それはまるで呪いの様に









誰か助けて!
体が水に呑まれていく、前に出した一歩、それが地に着いたかどうかもわからずに、ズルズルと引き込まれていく。

ゴボッ‥‥‥

絡みついて離れない、さらりとした感触の水が粘着質なものへといつしか変わり、それと同時に水に対する恐怖が消えて行くのを詩織は感じた。

不思議な事に湧き上がってくるのは安心感だった、大切にされているのだと、無意識にそう思った。

死ぬんだろうか?
それとももう死んでるのかも。

すでに声が出なかった、口を開くと入ってくるのは生暖かい液で、それから逃れようと機械的に動いた手は周囲に張られた硬質な壁にコツリと音を立ててぶつかった。

前にも後ろにも左右にも、ゆっくりと添えてみればそれは自分を囲む円柱の檻なんだと気付く、まるで試験管の中に入れられた実験体のようだと、そう思った。

ゴボリ‥

目は見える、まるで蜃気楼のように視界が揺れるのは体がすっぽり浸かっているこの液体のせいなんだろう。
呼吸するたびに丸い泡が上へと上がっていくのを違和感もなく見つめた、なぜ呼吸が出来るのか、なぜここにいるのか、疑問を持てるような状態ではなかったからかもしれない。

「やったわ…ついにやったわ!」

そうなんだ、嬉しいんだって。
変わらずに揺れる視界は全てを鮮明に映してはくれないが、外で話される声はやけにクリアに届く。

ゴボ‥こぽ‥‥

「成功したのはこの一体だけね。」

ゴボ‥

「次の段階に移りましょうか。私のかわいい…お人形さん」

人形?
違うよ、私は人間なの。
あなたは誰?聞いたことある声‥私を呼んだあの声。

こぽ‥‥‥

眠たい‥
包まれるような温かい空間、強い眠気に逆う事など出来ずに詩織は全身の力がゆっくりと解けていくのを感じながら、徐々に瞳を閉じていく。
肌を撫でるような柔らかい感触、守られているようで。

眠たい‥

このまま眠ってしまえば、目が覚めた頃にはまたいつもと同じ日常が待っているはずだ。
これは夢で、現実じゃないんだから。

ゴボ‥‥‥

瞼が閉じられる、しかし外の世界を映す薄い隙間を縫って入りんだ色に詩織は意識を奪われた。

ふわふわと漂う光、大小様々な大きさのそれは何もない場所から突如生まれ、詩織の周囲を取り囲んでいく。

文字‥?

漢字でもなく平仮名でもない、複雑な紋様と言った方が正しいのかもしれない。
気付けばいつの間にか開いていた瞳をその文字に向け、手を動かして掴もうとするがするりと指の間を抜けていき、触れる事さえ出来ない。




 prev / next



 → TOPへ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -