『はたけ葵』は、術が苦手だ。

「だいたい一つの術を発動するのにどんだけの印を組めばいいんだよおかしいだろ、チャクラの流れをコントロールしたいなら集中すればいいんだよ、な!」

「私たちのレベルじゃ印を組まないで術を使うだなんて、そんな高度な事出来ないでしょ。」

「だから、集中!それ一点でなんとか!」

「そんな文句ばっかり言わないの葵。いいじゃないの、卒業試験合格したんでしょ。簡単な分身の術だったじゃないの。」

「手がツリそうになった、あんなのもうやだね!」

いくつもの印を組み合わせて発動する忍術、その初歩でもある分身の術がアカデミー卒業試験の課題の一つだった。
普通の子供のようにアカデミーに通うのは葵にとって毎日の楽しみでもあったのだが、元々印を必要とせずに術を扱う葵にとってはこの課題は不評以外の何でもない。

「あーあー、下忍になれたとしても長いことこの状態か‥」

これもまた三代目の思惑なんだろうか、葵が『普通』に生きる事が。

「がんばろ‥」

「何?何か言った?葵。」

「なんでもない、サクラも合格おめでと。」

にっこりと笑うサクラの後ろで、一人ブランコに乗って項垂れるナルトに気付いてはいたけれど、その時どう思ったかは夕方には忘れてた。
緊急の任務が入ったから、感傷になど浸ってられなかったんだ。

『巻物の奪還と、うずまきナルトの捕獲』

里の上忍大半と暗部まで動かされたこの事件の黒幕は、思わぬところで笑ってた。










深く清らかな黒










「その巻物、返してくんないかな。」

闇が支配する森の中、木の上から降り立ってナルトの前に立った緋炎は、大きな巻物を抱きしめるナルトに向かって手を伸ばした。

「あんた誰だ‥、なんで暗部が」

全身傷だらけで、つい先ほど千対の影分身を出したにしては随分としっかりしたナルトの声は緋炎を前にしても震える事は無かった。一層強く巻物を抱きしめて、腕や額から流れる血が地面へと吸い込まれていくだけだ。

「俺を捕まえるのか?‥巻物取ったから‥ミズキ先生を攻撃したから‥」

その言葉に緋炎はナルトから視線をはずして“それ”を見た、意識など国の彼方まで飛んで行ったようなミズキの体はピクリとも動かずにナルトの傍で転がっている。生きてはいるだろうが数刻目覚める事も無いだろう、自らの体を盾にしてナルトを守ったイルカも今は意識が無い。

「俺が‥九尾‥だから‥‥?俺を殺すのか‥?」

あれだけのチャクラを練っても有り余る力がナルトの中で渦巻いているのが今なら緋炎にも分かる、耶虎がナルトを『狐』と呼ぶ意味も、関わるなと言った事も全て。

うずまきナルトは九尾の器。
里の大人たちが口を噤んでも抑えきれない恨みは全て、これだけの事が原因だった。

異端者は弾かれる、葵がそうならなかったのは誰も葵の真実を知らなかっただけに過ぎないんだと、ナルトの姿を見て強く思う。
運が良かったんだと。

「あんたも知ってたのか、俺が化け狐だって‥。だから、だから里の奴らは」

毎日傷だらけで一人帰るナルトの姿、それは葵だったかもしれないが、ナルトと同じように助けを求める事はきっと無い。
同情だとか憐れみだとか、そんなものは要らないんだ。

「俺が、狐だから」

「そんな事どうでもいい。」

腹に狐がいようが体が他人の死体だろうが、今生きてるんだからそれでいい。それ以上に大切なことがあるから強くいられる。今更思っても仕方ない事をうじうじと悩むのも嫌いだ、意味がない。

(そりゃあ実は自分が九尾の人柱力でしたっていきなり知ったら動揺はするだろうけど‥でもなんだ、この違和感‥。)

『捕獲』なんて論外、近づきたくない。
理由は分からずに、ナルトを前にした緋炎の本能がそう告げる。

「巻物を渡せ。」

「‥俺は?連れてくのか」

「欲しいのはその巻物だけだ、お前の事もミズキの事も諸々他に任せる。ただそれだけは早く回収したい。わかってるだろ、それは“禁術”だ。」

「そ、っか‥わかったってばよ‥」

ホッとしたのか、体の緊張を軽く解いたナルトは巻物を抱きしめる手を緩めて緋炎へと向けた。
受け取る為に一歩前に進み出た緋炎はこの軽率な行動を後悔した。相手はただのアカデミー生で、卒業課題の分身の術すら満足に出来なかった落ちこぼれのうずまきナルトで、確かに油断していたのだと。
実際は後悔する時間すら与えられず、それほどナルトの動きが早くて気付かなかった。

――ッパシ!

きつく結んでいたはずの緋炎の虎面が弾かれて、突然視界がクリアになったのは刹那のこと。目の前を横切っていく千切れた面紐の向こうにナルトの金の髪と鋭く光る青の双眸が見えて、緋炎は叫んだ。

「ッ耶虎、やめろ!」

ナルトに弾き飛ばされた面が地面に落ちる直前、銀の虎が振り下ろした爪がナルトの髪を掠るようにして止まる。瞳孔をぎゅうっと縦に縮小させた耶虎はなぜ止めるのかと唸り声をあげ、不平不満の視線で緋炎を睨みつけた。

「そいつに‥うずまきナルトに手を出すな。」

止めなかったら耶虎は本気でナルトの肉を抉っていただろうかと、片手で顔を軽く隠しながら舌打ちした緋炎は体に巻物を寄せた、面を弾かれながらもナルトの元から奪ったものだ。

隠すことも無く殺気をナルトに向ける耶虎は緋炎の隣に寄り添った。大きな口で巻物を咥え、頭を撫でる緋炎の手に目を細めながらも視線はナルトから離さない。

「銀の虎‥」

「任務完了だ、行くぞ耶虎。」

言葉を続けようとしたナルトに声を被せた緋炎は軽く跳躍して木の上へと身を移し、その頃には耶虎の姿は殺気と共に闇の中に溶けていた。

その場に残ったのはナルトと、倒れているイルカとミズキだけのように思えた。ナルトが火影邸から巻物を奪ってミズキとの戦闘を終えたのは随分と前だ、そろそろ他の忍が来るはずなのにその場は静寂で包まれて、そしてどこからか小さな声が一つ、降ってきた。

「お前、本当に『うずまきナルト』か?」

その声にナルトは俯いたまま、抑えきれないとばかりに小さく口角を上げた。
声を放った人物が遠ざかり、完全にその気配が消えてから青い双眸を“彼女”が去った方へと向ける。

銀の虎を従えてる忍は一人だけだ、名前だけは聞いていた木ノ葉の魔女。そいつに初めて会って感慨深いと考えるような殊勝さは残念ながらこのナルトにはない。
いつもの影分身のナルトであれば普段会う事も無い暗部を目にしたと言うだけで騒ぎ立てるかもしれないが、生憎このナルトは本体だった。

「はたけ葵‥あいつが魔女か、これは驚いたな。」

アカデミー生の葵と暗部の緋炎、彼女たちに共通する匂いが同じだとナルトに伝えるのは他でもない、ナルトの腹に眠っている九尾だ。
ぐるぐると慟哭が響く中で「不憫な娘だ」と九尾は言葉を付け足した。

「へえ、お前が他者に憐れみをかけるなんて事があるとはなあ。」

倒れているイルカの方へと静かに歩き出したナルトは、珍しいものを見たかのような声色で言った。九尾は宿主のナルト以外には関心を持たない、初めて葵と会った時にナルトが感じた僅かな違和感にも九尾は何も答えようとはせず、全てをナルトに任せてただ傍観していたのだ。だから今回も憐れみではない、里にいい様に扱われてきた九尾だからこそ葵に同じものを見ただけだった。

「なんかの実験とか研究材料?さあ知らないな。三代目はそれらに関して反対派だから、そう考えるとそうだな‥大蛇丸とか、そこらへんじゃねえの?木ノ葉以外だともっと対象者は増えるけど、どうだろうなあ。」

イルカの体に手を翳しながら、ナルトは興味無さそうにつらつらと言葉を重ねて脳に直接声を届けてくる九尾に答えた。
実際興味なんてなかったのだ、珍しく九尾が口を出したなと、その程度。

「そろそろ目覚めるか‥巻き込んで悪かったな、イルカ先生。」

イルカが負った傷の中でも特に深いものだけを癒し、ナルトが次に向かったのはミズキの元だ、ナルトの影分身に殴られて顔は倍に膨れ上がっているが息はある。

「命拾いしたなとでも言っておけばいいのかな、ミズキ先生。下される処分は生半可なものじゃないだろうから死んだほうがマシだったかもしれないが。なにせお前は“うずまきナルトを操って禁術を盗ませた首謀者”なんだからな。」

目覚めたイルカはそう証言するだろう、ナルトは関係ないのだと、己の持つ純粋な正義感に従い目にした事実だけを嘘偽りの無い眼で調査官へと報告する。ミズキを裏で操っていた者がいたとも知らずに、うずまきナルトを弁護する。

「里抜けも阻止したし、こんなもんだろ。」

木ノ葉を抜けようと画策していたミズキに話を持ちかけたのはナルトだった。姿を変えて接触して、言葉巧みに『里の厄介者のうずまきナルト』を使うように誘導した。

「結果は上々だ、おかげで“俺”は行動しやすくなる。」

少しずつ、誰にも警戒されることの無いように力をつけた振りをして、自身とその環境を変えていく足掛かりを作るのがナルトの今回の狙いだった。
うずまきナルトが九尾の存在を知り、それでもなお里に不信感、敵対心、背反的な考えを持っていない事を示すと同時に会得難易度の高い術を身に着ける事が。
卒業試験間近になった時期に掴んだミズキの情報を折角だから利用させてもらったのだ。

「まあな、これぐらいの変動は予想範囲内だ。うみのイルカの行動はやはり甘いが、たまにはいいんじゃないか?」

「殺すつもりだったんじゃないのか」と言った九尾にナルトは軽く笑って返事をした。
たまにはと言いつつも、やはり甘い、と九尾は鼻を鳴らす。

「イルカ先生の性格からして俺の卒業試験は合格だな、ちょうどいい。あれこれ裏工作してアカデミーから出るよりもミズキの命の方が安いからな。」

あの暗部、“緋炎”なら命の方が貴いと言うんだろうかとふとナルトは考えた。
里に放ってある影分身により三代目や上忍たちの行動は把握済みだ、『巻物の奪還とうずまきナルトの捕獲』が任務だったはずなのに緋炎はそれに従わなかった。

いつものナルトとは違うと“はたけ葵”は察したんだろう。
小さな引っ掛かり程度だったはずだ、しかしそれに逆らわず行動した。

「虎をペットにしてるだけの魔女じゃないって事か。」

ナルトが面を弾いたことで緋炎の警戒心も格段に跳ね上がった事だろう。面倒な事は好まないナルトだが、興味の無かった対象が些か面白いものだと感じるようになったのは思わぬ収穫と言っていい。

「ああ、そうだな。」

静かに笑って言葉を寄越した九尾に同調するようにナルトも笑った。
もうすぐ目を覚ますイルカの隣に座りながら、くすくすと。



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