「はたけ葵です、よろしく。」

隠れ里生まれの子供が忍を目指すのは至極当然の事、ここではそれが普通だ。

暗部は下忍からも選出されるが、忍としての理を学ぶ前での暗部入隊は極めて異例だろう、アカデミーに入る事で葵はついに『普通の子供』として過ごす日々を手に入れた。










繋がりの起点を翳して










「ねえ葵、アカデミーってそんなに楽しい?それとも課題が好きなの?」

桃色の長い髪を耳に掛けながら、葵の向かいに座っていた春野サクラが首を傾げた。楽しそうに巻物に書き込み課題を片づけていく葵の姿に若干異を唱えるといった表情だ。

運動エネルギーと位置エネルギーに回転を加えた結果と、チャクラ数値を7まで纏わせ放物線を描きながら目標地点までに達する結果を比較しそれをグラフに記入、課題提出日までに実際に検証し記録に残すその課題に不満を漏らしていた生徒はクラスの中で9割以上だったが、葵はその中には入らなかった。

「どっちも好きだ、アカデミーも課題もな。この課題だけどさ、あとで一緒に検証するか?サクラは力学的エネルギーの法則覚えてるだろ。」

「当たり前よ、そんなの初歩だわ。」

物理力学の中でも基礎中の基礎、アカデミー生の中ではサクラが最もその原理を理解している事だろう。
ふふん、と鼻を高くしたサクラは分厚い本をペラリと捲った。

アカデミーから一番近いこの図書館は、アカデミー入学当初から葵の気に入りの場所だった。度々サクラと会うもんだから自然と関わりを持つようになって、今では葵にとってかけがえのない友人の一人である。

「じゃあ付き合ってくれよ、サクラがクナイ投げて、俺が計算してやる。」

「え、嫌よ。葵が投げて。」

「なんで?俺が投げたら意味ないだろ。」

「どうして?葵得意じゃない、その方が計算もしやすいし早く終わるわ。」

「サクラは苦手だから少しでも練習しといた方がいいよ。ほら、前回の実技訓練散々だったろ?」

分かりやすく点数化された結果をサクラに伝えれば「うっ」と息を詰まらせた。
まだアカデミー生だからとも言ってられない、彼らが目指しているのは『忍』なんだから。

「サクラはさあ、的は正確に狙えるのになんでトラップに引っかかるんだ?ほぼ毎回だぞ、それで減点。」

「わ、罠は敵の思考を撹乱させたり戦力を削ぐために仕掛けるのよ仕方ないじゃない。‥そりゃ引っ掛かる私も私だけど」

「セオリー通りなら出来るってのは実戦じゃ役に立たない。」

「分かってるわよ。」

「それなら、やっぱり投げるならサクラだ。な?」

「うう‥」

「あ!サスケ!」

「サスケ君!?え、どこっ!?」

弾かれるように立ち上がったサクラは髪を整えながらきょろきょろと辺りを見渡した。
一瞬で耳まで真っ赤に染めて、反射的に笑顔になった横顔を見て葵は思わず噴き出した。

「あははははっ!ごめん!」

「え?なっ、だ、騙したのね葵!」

「だってさあ、っあはは!ほんっとサクラ引っ掛かり過ぎ!」

「もう!‥っぷ、あはははは、確かにそうね、私って罠にかかりやすいのかなあどうしよう!もう!」

静かにしなさい!と管理人に怒られるまで、二人して涙目になって笑った。課題に集中しようと思っても思い出し笑いでついつい。
やっと課題を終えたかと思った頃に、あいつが来た。

「あら、葵の猫ちゃんね。」

葵の足に長い尻尾を巻き付けた黒猫が「にゃあ」と甘えた声で鳴いた、どうやら呼び出しだ。

「課題提出日まだ先だったよな、それまでにクナイの特訓しようぜ。今日は無理だ、ごめん。」

っぱん、と顔の前で手を合わせれば、サクラが「しょうがないわね」と軽く笑う。
仕草全てが女らしい、自分とは大違いだなと思った葵だが、足元の猫がやたらと急かす。借りた本を急いで返却して図書館の外へ出た葵は大きな扉を振り返って「また来よ。」と呟いた。

静かで明るくて人がいっぱいいて和やかで、殺伐とした環境とは縁が無い、葵はそんな空間が好きだった。

「耶虎、三代目が呼んでんのか?」

肩に飛び乗った黒猫に頬を寄せた。葵が緋炎の姿を纏っていない時は基本黒猫の姿の耶虎はこの位置が気に入っている、勿論葵の負担など考えてもいない。結構重いのに。

「直接任務地へ向かえとの事だ。」

「分かった。国外?」

「遠い。急げば一晩で終える。」

「明日もアカデミーあんのに‥。あ、カカシって任務から帰って来てたか?」

「正午には。あいつ嫌いだ、犬が臭い。」

「そう言うなよ仲良くしてくれ。俺好きだよ、犬も猫も虎も狼も。」

「狐は?」

「狐?狐‥?いや別に狐も好きだけど。そういやナマで見たことないなあ狐って。‥なんで狐?」

「狐だ、そこにいる。」

耶虎の声に従ってその方向に目を向けると、まだ陽が落ちていない里の道を一人ぽつんと歩く影が見えた。
ああそうだ、耶虎は『あいつ』の事を『狐』って呼ぶ。

金髪に青い瞳を持つ忍らしからぬ色彩を纏ううずまきナルトが、そこにいた。

「今日も傷だらけなんだな。」

葵からは遠い、ナルトの影が時々ぐらりとふらつく。
鮮やかなオレンジの衣服も所々シミを作っている事が分かる、それがナルトの血によるものだって事も。

耶虎は獣だから、嗅覚で葵以上にナルトの状態を把握している事だろう。「助けないのか?同じアカデミー生だろう?」と、耶虎はは言わない。
サクラといのが喧嘩しているのを見掛けては耶虎にそう声を掛けられて、それでも葵は「当人同士の問題だろ」と手を貸すことは無かったが。
だから今回も同じだ、耶虎に言われても言われなくてもナルトに手を貸すことはしない。忍を目指す者として、ナルトはそんな事望んでないと思えたからだ。

「狐が気になるか、葵」

「別に。助けろって言われたわけじゃないし、次の日にはあの怪我治っちまってんだよな。ナルトはそっち方面の術が実は得意とか、そうは見えねぇけど。」

授業中のナルトから、掌仙術の様な高度な医療忍術を扱えるようなチャクラコントロールは出来ないと思えた。
何が理由で日常的にナルトがあの仕打ちを受けているのかは葵は知らない、しかしナルトは誰にもその理由を話さない。当人も知らないのか、知っていて黙っているのかも、葵は知らない。

「仲良い奴なら知ってんのかなあ。ほらよく大人たちが言ってるだろ、あの子に関わっちゃだめよってさ。なんなんだあれ腹立つな。」

「腹が立つのに手を貸さないのか」

「あいつ、そういうの望んでない気がするんだ。」

助けてほしいとは思ってる、きっと。でもそれは葵や周囲の者たちに対してじゃない気がした。
手を貸せとナルトが言ったなら葵も手を貸した、必要最低限の、ナルトが自身の力を最大限引き出せるように考慮して。でも違うんだ、ナルトはナルトなりに何かを考えてる、それが葵に歯止めをかける。

「狐に関わるな。」

「そもそも関わるなんて言ってないだろ。俺が聞いたって誰も教えてくんねえし、三代目もカカシもその話に関してはスルーだもんなあ。」

「世界の秘め事を全て知ろうなど無理な事だ。この里だけでも葵の知らない機密も秘密も隠し事も何万とある。狐の事も、その一部だろうよ。」

「‥耶虎はさ、なんでナルトの事狐って呼ぶんだ?」

「葵は知らなくていい。」

「ああ、色が似てるから?狐色〜なんちて。」

「阿呆か。」

「ひでえ。でもごめん、少しふざけ過ぎだな。」

「なぜ謝る?」

「ナルトに。あいつにとっちゃ大きな事だろ、助けを求めたっていいのにさ‥あいつ強ぇなあ。」

葵の視線の先でふらふら揺れていたナルトの影が突然ピタリと止まった、大きな伸びをする様に両手を空に伸ばしたと思ったらなんか大きな声が聞こえて、走って行った。

「元気だよなあ、あの状況で自分を叱咤するなんて相当慣れてる。」

“今日も”だ。
ナルトに両親や家族はいないと聞いた、でもそれは忍里じゃ珍しい事じゃない。その子が忍を目指す事も、他者から侮蔑の目を送られることも程度の差はあれど現実にある。

「ごめん、任務に行こうか。遠いっつってたもんな、内容は向かいながら聞くよ。」

「ただの諜報だ、葵でなくともいいんだがな。」

「いいんだよ、暗殺とかよりずっといい。行くぞ、耶虎が先行な。」

競争しよう。そう言った瞬間黒猫の耶虎が嫌そうに眉を寄せた。
ナルトにはこうして付き合える相手はいるんだろうか、戦争で親をや兄弟、友を失った子たちにこれからの未来は、明るく幸の多いものなのか。

「‥ナルトにも、いい事いっぱいあるといいなあ。」

見捨てるわけじゃない、知らない振りをしてると思われてもいいけど。
下手に手出しをするのは危険。葵にそう伝えるのは里の大人でも耶虎でもなく、自身の本能と他者を拒絶するナルトの瞳だった。



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