欲しかったのは自分の居場所だった。
誰のものでもない、自分だけのものが。










露は紅 鱗に纏う






 



「熨斗目のおやっさんってさ、鍛冶師なのか?」

「昔の話だ、今はその日暮らしのじじいだよ。お主が来なければ平穏無事に過ごせたんだがな。」

「平穏ったって‥あれからもう随分経つけど追っ手もなんも来ないじゃん。俺にとっては有り得ないくらい平和な日々なのにさ。問題があるとすればこの森から出られないって事だけ。なあなあなあ、どうすれば出れるのか教えてくれよ。」

このままじゃ忍職失っちまう!と葵は大げさに両手を広げた。
わーわーぎゃーぎゃーと葵が身を捩るたびに飴色の髪が揺れ、壁一面に掛けてあるクナイや刀にその色がひらひらと映り込んでいく。

「全く煩い娘だ、天井からぶら下がってコウモリのようにキーキー騒ぐなど信じられん。」

「ちょっとでも修行しようと思って。里に帰れりゃ静かになるよ?助けてもらった恩をまだ返してないけどさ。」

「そんなもんいらん。」

ふーん、と葵は興味無さそうに返事をして、足裏に集めたチャクラを解いた。
くるんと回って着地、軽い音を立てて床へと足を下ろす。

葵が熨斗目に助けられてからひと月、突然迷い込んだ葵に今も変わらず無警戒の熨斗目は今日も大きなため息を吐く。そして葵の方へと向き直り、いつもの言葉を口にした。

「森から出たいなら森に聞け、そう言っとるだろうが。」

「だからさ、森とどうやって話しすんの?「森さん森さん、里に帰して下さい」って言えってのか」

「何を言う、こっそりやってたのを儂は見たぞ。」

「ううう、嘘だ!」

実はちょっと前にダメもとでやったのだ、予想通りだったが数刻返事も変化も無かった時にはちょこっと泣きそうにもなった。ぽつんと立つ自分がみじめ過ぎて。

「いいよもう!天賦泉行ってくる、水浴びしたらまた帰り道探しに行くよ。」

「ああ行け行け、やっと静かになる。」

「俺だって早く帰りたいの、水浴び覗くなよ。」

「そんな発育不全の体を誰が覗くか馬鹿者。」

「子供に発育云々言うな、姿形なんて変化でどうにでもなるしな、こんなもんただの皮。じゃあな。」

「飯時には帰って来い、葵。」

「あいよー。」

なんだかんだと文句を言いつつも上手くやっている二人だった、葵としては木ノ葉への帰還を第一にとは思っているが、全く出られないのだから仕方ない。

森の中を走り続けていればその内出られるだろうという目論見は外れ、高い木の上から見渡しても緑緑緑、そして霧でよく見えない。
地図を作ろうと思っても同じ範囲をぐるぐる回り、夜になっても星も月も見えやしない。風があっても香りは無いし、川に至っては浸食運搬堆積の流れはどうなったのか、流れさえも掴めずにさっぱり、ひと月もここにいるのに生態系すら謎だ。

「体もやっと回復したし、こっからが本番だと思って」

熨斗目の小屋からそう遠くもない泉に浸かりながら、腕をさらりと撫でた。
不可思議なこの森には不思議な泉「天賦泉」がある。怪我の治癒を促進させるのか回復が早く無性に居心地がいい。

「温泉みたいなもんかな、こんなに効果があるのはそうそうないけど。」

怪我だけでなく、チャクラの回復も早い。
葵にとってはどちらの回復も生命維持に関与しないが、この姿を保つには必要な事だった。

追っ手から逃れる際に葵がこの森に逃げ込まなかったら、そしてあと少し熨斗目が救ってくれるのが遅かったなら、葵の体は生きているのが異常だと思えるほど奇怪な色に変化して、体温も鼓動も消えてしまっただろう。

「死体、だもんなあ‥‥、これ。」

口元まで泉に沈み込んだ葵は、ぷく、と小さな泡を出しながら呟いた。
泉の水を掬う様に持ち上げた腕はすらりとしていて、傷などすでに術により消えてしまい、血色が良く指先まで血が通っているのがよくわかる。勿論、胸に手を当てれば心臓は確かに動いてて、今確実に「生きている」のだと伝わってくる。

それでも、葵の体は他者の体だ。
命の脈を途切れさせ人生を終えた、仮に魂と呼ばれるものがあるとすればそれの抜け殻に等しいモノ。

それに「葵」が入り込み、奪った。

両耳についているピアスに術を封じ込めて「生きている姿」を維持し続けてもう何年になるのか、炎部の印を入れる華証の儀でピアスが砕け散った時の自分の姿を思い出した葵は、ぶくぶくと頭の先まで泉の中に入り込んだ。

(この髪、この飴色の髪はほんとに俺の髪なんだろうか‥)

水中で揺れる髪を見て、ふとそんな事を思った。
体を変えれば必ずこの姿に変わる、きっとこれが「葵」の姿なんだろうと勝手に納得して、この姿で木ノ葉の忍として生きてきた。

(緋色の瞳も、この手足も、一体何がこの姿にさせるんだ‥)

意識だけの自分、魂だけの自分。ファンタジックだな、と楽観的にもなれない。
人間とも言えない葵を受け入れてくれて、育ててくれた三代目やカカシに恩を返したい。それだけで葵は忍になった。
自分の為に他者の『死』が必要だったとも言えるが、それは後付けだと思いたい。

――ッザバ!

「早く、帰らねぇとなあ。」

熨斗目に礼の一つもしてはいないが、葵としてはそろそろ潮時帰り時だ、のほほんとこの森で一生過ごすわけにもいかないし、木ノ葉がどうなってるのか気掛かりだ。葵が今回の任務で里外に出る時のうちは一族の状況は、決して良いとは言えなかったから。

「森に入ってきた時を再現するか‥、暗部の緋炎の姿に、追っ手を振り切る為に術をいくつか掛けて、と。」

ッボン。
泉の上に立っていた葵の姿が白煙に包まれて、霧が晴れるころには緋炎の姿になっていた。泉の上に立ったままで自分の姿を見下ろした葵は「懐かしいな」と軽く笑う。
里にいた頃は毎日のように緋炎の姿に変化して任務から任務へと走り回っていたのだから、久しぶりに家族に再会したような気持ちだ。

「術の揺らぎはないな、変化の五感異常は無し。水も風も炎も、同じだ。」

印を組まずに術を発動したのはいつだったのか覚えてない、何度か体を変えたが扱えるからこれは元々「葵」の力なんだろう。
自分が誰かすらも分からないが、今はこの力に安心した。

葵の立っている泉の水面が風で煽られ、小さな粒が舞う。くるくると葵を中心に円を描く様に空に飛び、鮮やかな紕色の炎が現れた。

「帰らなくちゃ。木ノ葉を守ること、三代目やカカシの役に立つことが俺の存在価値になる。」

生きていればそのうち自分が何者か知ることが出来るかもしれないと、それこそ楽観的に考えている葵だが焦ったって仕方がない。糸口が見つかればそんな心的傾向も変化を見せるかもしれないが。

「さてさて、西か東か南か北か。悩んでも仕方ないな、どこに走ってもおやっさんの小屋に着いちゃうんだし。いっその事新しい術でも作ってみるか‥やったことないけど。」

森を傷つけるのは禁止。熨斗目から厳重に注意されているから下手に術も使えない。
ひと月の間やることはやったんだから、「再び森に聞く」を除外して残る一つはやはり熨斗目が鍵だ。

「どうやって聞き出そうかなあ、教えてくんないもんなおやっさん‥」

はあ、とがっくり首を項垂れた。
無理矢理聞き出すのも嫌だし‥、そんな事を考えていたら突然、森の影が動いた。





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