「ッは、この程度で忍を名乗るのか」
男は狐面の下で高らかに笑い、手に掴んだ首を投げ捨てた。
ゴロゴロと転がっていく敵忍の首は虚ろな瞳を仲間へと向けてぴたりと止まる、逃げろと、そう語っているかのように。
細胞が死を理解していないのか、脈打つその首は青い炎が視界を埋めるまでずっと、仲間の死を見続けた。
闇の狐が血で染める
月明かりさえも届かない、辺り一面暗闇に支配される朔の日、訓練された忍の目でも全てが見通せない暗闇の中で闇を総べる様に立つ一人の男の姿は、その場にいる誰もが捉える事が出来ていた。
初めに聞こえたのは何かが崩れる音、それが仲間が倒れる音だと気付いた時にはもう遅かった、それ以前にその音を感知した時点で全てが手遅れだったと気付いたのは随分と後だ。
途端に感じる信じられないほどの殺気、逃げても無駄だと悟らざるを得ないほどの圧力に体が押し潰されそうな意志を感じて、それでも前に出した一歩は只管に仲間の肉を踏み続けて前へと進んだ。
グチャグチャと不快な音が響く、慣れている筈の血臭に吐き気を覚えるが一瞬でも体の動きを止めてしまえば間違いなく殺される。
瞬く間に半数以下に減らされた仲間は物言わぬ肉の塊と化し、誰もが自分の死を垣間見た。
「‥‥あいつ‥人間なのか‥」
場所を悟られないよう、普段なら決して声を出さない場面でも思わず呟いてしまうほどの圧倒的な力の差。
人間とは思えない速さ、クナイ一振りで一体何人が吹き飛ばされたか、印を結ぶのを見る事さえ叶わずに繰り出される術は隙がない見事なものだった。
‥‥ポタ‥
‥ポタン‥‥‥
自分たちは呼吸をしているのだろうか、今、ちゃんと生きているだろうか、そう疑問に思うほど息を殺し、震える体を自身の手で抱き抱える。
聞こえる水音は遠く離れたあの暗部からだ、血を被ることに躊躇などせず狂ったように命を消し飛ばし、全身が血に濡れても止まることなく攻撃し続け到底同じ人間などとは思えないあの男。
流れ落ちる血にあいつのものなど一滴もないだろう、傷など負っていないのだ、多人数を相手にしてもかすり傷一つ、無い。
「なあ、里を抜けたんだ、追い忍が掛かることくらいわかってただろ」
突如掛けられた声に小刻みに震えていた男たちの体が大きく揺れた、闇の中で白く浮き立つ狐面が笑っているように見える。それが異様に恐ろしい。
面に飛んだ血沫が黒い涙の様に面の表面を滑りゆっくりと流れていく、その奥にある瞳が全てを見通しているのだと言わんばかりに輝きを放ち魂が呑まれる、震えが止まらない。怖い、怖いのだ。あの男が恐ろしくてたまらない。
「お前たちの里は追い忍を派出する力が無いからなあ、近隣の木ノ葉に依頼が回ることも予測がついてただろうが」
ッザ、と砂を踏みしめる音を鳴らして狐面の暗部が歩き出した。
向ってくる、自分たちの方へと。
「里を抜けるのは簡単だったか?志を同じくする仲間を集め、逃亡のルート、逃亡先の選出、武器の確保に資金調達。手間がかかったか?思惑通りに進んだか?」
そうだ、確かにこの時までは上手くいっていた、この男が現れるまでは。
残り少ない仲間はもう両手で数えれるほどだ、互いに徐々に距離を取り、震える体を叱咤してその場を離れるため静かに体に力を込めた。
「何も疑いもせずに里抜けを決行出来たってのが俺には全く以って理解出来ねえんだけど」
は、と笑う暗部は今もゆっくりと進んでいる。
攻撃か、逃げるか、それぞれの意図を確かめることすら出来ずに男たちは震える体を叱咤しながら移動する。
攻撃?逃げる?
違う、そんな事より離れたかった、この男から、少しでも離れたい。
必死で動く中でもう一度男が笑う、押し殺した乾いた笑いが闇を裂き、知り得なかった事実を彼らは耳にした。
「教えてやろうか?里抜けを唆したのもその計画を裏から支えたのも全部木ノ葉が仕組んでんだよ」
お前たちは木ノ葉の為に利用されたんだと、男は可笑しくて堪らないとばかりにくつくつと笑った。
里抜けの話は誰から聞いた?
計画を立てたのは誰だった?
逃亡のツテがあると言ったのは?
資金のアテがあると言ったのは?
「お前たちはまんまと術中にハマったってわけだ。」
男たちは自分たちの居場所を悟られるとも気付かずに互いの方へと視線を伸ばす、裏切り者がいるのだ、仲間を死に追いやり、自分たちの未来を奪った裏切り者が。
「間者は誰だと思う?お前たちを騙し、死に追いやるそいつは?」
闇の中では判別すらつかない、しかしその一瞬だけあの狐面の男の存在を彼らは脳から排除した。
だから気付かなかった、
耳元にさらりと触れる黒髪、少しも乱れていない静かな呼吸が鼓膜に触れて、いつの間にか真後ろにいた男の声が脳を突く。
「そいつ、もう死んだ。」
ドン!
心臓が跳ねた、それと同時に硬直していたはずの身体の戒めは解けて飛び上がる。
その反応がまた可笑しかったんだろう、すぐに攻撃に転じてくると思われた暗部は声を上げて笑うだけで、手に持つクナイを構える事もしない。
「お、お前‥お前が、お前が殺したのか!?木ノ葉の仲間じゃ‥仲間じゃないのか!」
「さあ、不慮の事故って事で片付くんじゃねえ?」
「な‥里の為に‥動いてるんじゃない、のか‥お前‥」
「どうだろうなあ、関係あるのか?力の無い奴は死ぬ、それだけの事だろーが。」
そして周囲で悲鳴が上がる、素早く視線を滑らせればいつの間に印を結んだのか暗部の分身体が男たちを取り囲んでいた。
抜け忍になる時に覚悟を決めたはずだった、しかしこの恐怖はなんだ。
いざ死を前にするだけで人はこんなにも恐怖するものなのかと男たちは唖然とした。
ねちゃっと粘着質な音を出す足元の惨状、自分たちも数秒後にはただの肉になるのだろう、そう思うだけで背に感じたことの無い風が抜けていくようだった。
「子守りで体がなまってんだ、刺客も監視の目もさすがに煩わしい。」
威圧感に耐えかねて、思わず立ち上がった男たちの目の前で白煙を出して分身体が消えた。
闘うしかない、それしかもう、道は残されていなかった。
「お前らも、もう死ね」
男の姿がゆらりとブレて、その瞬間脳裏に蘇るのは話に聞いたことがあるだけの忍の存在。
木ノ葉には死神がいる、この男がそうなのだと、切り裂かれた頭部が微かに残る機能で命の停止と共に伝えてきた。
名前は確か、
十夜‥
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