――ッパン!

翌日午後の授業中に弾けるような音がして、詩織は瞬間的に教室の窓から外へと視線を向けた。
昨日友人が言っていたように今日は雨のようだ、午後から傘は必須だと今朝の天気予報でも言っていたことだが、せめて帰宅してから降ってくれればいいのに、と思わず眉を寄せる。

――ッパン!パタパタパタ。

窓の冊子に跳ねる雨粒が詩織以外の生徒の視線を順に釘付けにした、時には教師の視線さえ。

今は声はない、きっと聞こえてはいるんだろうが周囲の雑音が大きくて届かない。
その雑音の8割は授業を進める教師の声だが、あの“声”によるメリットと言えばこれくらいだろう。
“声”を聴きたくないから他の音に必死に耳を傾ける、こそこそと囁かれる生徒の話や、教師が語る授業の話。

授業が終わって休み時間になってしまえばそれ以上の音が教室内を飛び交った。
学校は好きだ、勉強は得意ではないけどここには友人がたくさんいる。

「最近やけに真面目に授業受けてるじゃん詩織、外部の高校受けるの?」

「違うよー、たまにはね、真面目にさ。ね。」

「そういうとこが真面目だって言ってんの。でね、今日帰りにみんなで遊びに行かない?って話があるんだけど真面目な詩織さんはやめときます?」

「えー、行くよ!ああでも‥どこ?今日雨だよ、ほら。‥やだなあ、どんどん降ってくる。」

「駅の地下街、行きたい店があるんだー。」

これが普通、普通の私。
他愛もない話をして、だいたいいつもと同じことを繰り返す。
時折それとは違う事が舞い込むと一喜一憂するけど、それは大抵一人じゃなくてみんなと一緒。

帰り道にみんなと遊ぶ、そんな小さなことがこの時はとても大きな事だった。
昨日のドラマの話とか家の事とか恋の事とか、たまには人の悪口なんか耳にするけど、無意識に自分の立場だけは確保しちゃう、でもそれはみんなも同じ。

それが詩織という、私だった。
皆と同じ普通の私、普通の人生を普通に歩んでる普通の‥女の子だったのに。

「‥‥うわあ、すっごく降ってない?これは降り過ぎでしょ。」

「でも折角だから行こうよ、駅までそんなに遠くないし。」

「傘忘れちゃったから誰か一緒に入れてくれない?」

「ジュース奢ってくれるなら」

「ケチ!明日お茶を一杯あげる、水筒から」

「それこそがケチってもんでしょ!仕方ないなあ、入って入って。詩織も早く、行くよー」

昇降口から色とりどりの傘が花が咲く様に開かれて、雨の下へと潜って行った。
その中の最後尾の傘がくるりと回って詩織の方へと振り返る、昇降口までは数歩の距離、雨の中でもその先にいる詩織の姿は良く見えて、動かないその姿に声を掛けた。

「どうしたの詩織、行かないの?」

「‥行くよ、すぐ行くから。」

「遅いと置いてっちゃうよー」

くすくすと笑う友人の背を見て詩織も同じく傘を差す、昇降口の屋根から少しだけ傘を前に出すとボトボトと雨を弾く音がして、それと同時に頭の中の声も強くなった。

いらっしゃい…

「‥やめて、あなたなんていらない」

いらっしゃいよ…

「大丈夫、大丈夫‥。だってみんながいるし、ただの“声”だもん」

前を見ればゆらゆらと揺れるいくつかの傘、「詩織遅―い」と声が聞こえて、それを合図に詩織は足を一歩前へと踏み出した。


ーーッドサ‥

「‥‥‥‥詩織?」

何かが落ちる音がして、先ほど振り返ったばかりの友人は詩織の名を呼びながらもう一度昇降口へと目を向けた。

「‥詩織?」

もう一度呼ぶ、返事があれば、姿があれば、「早く行くよ」と言っていたはずだった。

「何してんの遅いよー!どうしたの?」

「ねえ、詩織がいないの。さっきまでそこにいたのに‥それにあれって、詩織の鞄だよね?」

視線の先では開かれたまま地面で風に揺れる傘が一つ、その横で詩織が持っていた鞄が雨に打たれ、その主人の姿はどこにもない。

「‥詩織‥‥」

それが最後だった。
“詩織”は、この世界から姿を消した。



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