――ッザ、
耶虎の背後で荒れ地に降り立つ足音が鳴った、彼の後ろに立つことが出来るのは緋炎くらいだろう。
実力や能力は別として、彼はその行為を緋炎にしか許していない。
「なんだよまだ終わってねーのか?」
「向かって来るならまだしもちょこまか逃げるのが厄介でな」
「‥お前、やる気あんの?」
「無い。弱い、疲れた、つまらん。」
「このッ‥じゃあ家で留守番でもしてろ!」
「それは出来ん、胡蝶に数日は注意しろと言われたからな。」
「‥‥‥っふん!!」
つい先ほどまで敵を斬り殺していた女とは思えない子供じみたその対応、姿は女性でも中身は子供、致し方ない事とはいえ場にはそぐわない。
現に耶虎の攻撃から逃れた敵は四方に散らばり、緋炎と耶虎が言い合っている間に再び攻撃に転じる為身を隠してしまった。
「‥まあいいや、あいつらも巻物が欲しいんだろ、待ってりゃ攻撃してくる。隠れてるのを探すのも面倒くせえ」
「手に入れたのか?」
「当然、ほら。多分リーダーっぽい奴が持ってた、王道だよなあ。」
赤い紐で包まれた一本の巻物、何やらどこぞの旧家の地下に眠っていた巻物でその村にとっては重要な物らしい、との依頼書。
大切な物は人それぞれだ、自分にとって価値の無いものを守る忍は多いが依頼主、ひいては里の為にと任務を遂行する。
「敵の中に封印術使うのが上手い奴がいてさあ、体ごと封印されそうになってこれだって思ったんだよね。」
「何言ってる、封印されそうになったのか?」
「最終的には力押し。気付かなかったか?一度空がピカッと光ったろ。」
まあ確かに。
耶虎に向って一斉に放たれた火遁の攻撃が無ければ耶虎もすぐに気付いたはずだ、今となっては後の祭りだが。
「封印術の応用で巻物に掛けられた封印を感知出来ないかなと思って、んで引っ掛かったのがこれ。大成功、俺ってすげー。」
からりとした笑い声を上げる緋炎は巻物をくるくると回す、迫っている敵の気配に気付いている筈なのに、傍から見れば無警戒にしか見えなかった。
「これを里に持ち帰れば休暇だ、やっと熨斗目のおやっさんとこに行ける」
「火影の許可は取れたんだったな」
「ああ、愛刀の手入れだ。紅鱗は作り手のおやっさんにしか研げないからな。なあ、紅鱗?」
刃に付着した血液よりも鮮やかに光る紅の刀身は、緋炎の問いかけに返事をするようにその輝きを一層増した。
手に入れたのは耶虎と出会う前だから、もうどれほどの付き合いか。
そんな期間など気にもならない程に紅鱗は緋炎の手に馴染み、思いのままに力を振るう。
(うちは一族の事件があった時だったからなあ、随分と前だ。‥あの時俺が里に入れば、何か変わってたんだろうか‥‥)
刀を一振り鍛えるのに数日かかる、緋炎が里を空けたその間にそれは起こった。
今更だ、後悔しても何も変わらない。
――スゥ‥‥
「‥来る。」
「無理はするなよ緋炎、必死になった奴は厄介だからな」
「わかってる、誰だって死にたくなんかない」
空気が変わる、夜の冷気が研ぎ澄まされて殺気が辺りを支配した。
これは命の奪い合い、だから手加減なんて、しない。
「‥行くぞ。」
虎面の奥、緋炎は赤い瞳を細めて闇を視た。
視界に入るのは向かってくる命の束で、それを容赦なく消し去る為に紅鱗を構える。
そうだよ、死にたくない。
この体が偽りでも、心は確かに生きてるから。
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