私には故郷と呼ぶ場所がもう一つある、そこは父や母や友人が住む世界。

もう帰れないけど、私の大切な場所だ。

そこで過ごしてきた年月の分だけ思い出があって、それを時々思い出す。
でも、もう会えないだなんて感傷に浸ることはない。

だって、今この場所に大切な人がいるから。

なーんて、ちょっと真面目に考えてたらニマニマしちゃったデース。

お父さんお母さん、
茉莉は明日、結婚します。









君に崇高な花束を










「ねえねえサクラ、ナルトはー?」

「ああもう、だめよ茉莉動かないで、このウェディングベール留めるのが難し、っい!」

「あ、なんか痛‥いたたたい!!」

「いよっしゃあ!留まった!!」

「お!おおすごい!かわいい!サクラありがとー!」

「さてと、ナルトにはシカマルが付いてるし大丈夫でしょ、ブーケはいのが持ってきたしオッケーよね、あとはー‥あとはー‥ま、こんなもんかしら。」

「うふふ、楽しみデース。どうですかどうですか、ナルトは綺麗だって言ってくれるでしょうか。」

「言うわよ、だって今の茉莉すごく綺麗よ。いきなり結婚だもん驚いた‥って事も無いか、ナルトの執着ぶりったらすごかったから。ついこの間里の山が吹っ飛んだかと思えば茉莉は入院してるし、退院したかと思ったら今度は結婚だー!ってところは驚いたけど。でも、幸せなのよね?」

「んふふ、んふふふふ」

「もちろん幸せだよ。」なんて、潜入任務だと簡単に口から出る言葉も『茉莉である今』は出なかった。幸せだと思ってくれてたらそれはそれで別にいいけど、ってのはナルトの思いであって今は関係ない。
茉莉の考えてる事は分からないからサクラの問いに答えることはしないで、ただ茉莉のように笑った。んふふふとにんまりと。

ナルトの影分身である「彼」に本体からの命令は一つ。
『茉莉に変化して、茉莉の役目を全うしろ。』だ。
不本意にもこうして茉莉に変化して、ウェディングドレスまで着ているのだが、影分身である彼でも思う、理不尽だと。

今まで散々茉莉の記憶を読み漁り、元の世界に関する感情だけを削り取って好き勝手やってきた本体は、人生の節目とも言えるこの場面でも何やら策を講じているらしい。

(気持ちはわからんでもないけど)

つい先日茉莉を失うところだったのだ、いきなり結婚だのなんだのに走り出したのはまあ納得がいく。しかし結婚という名の契約で茉莉を縛ろうとでも言うのか、あの茉莉を。数年前のナルトなら取ろうともしなかった行動だが相手が相手なだけに外堀から埋めていくのも悪くは無い。

病院で茉莉がぐーすか寝てる横でブツブツと文句を言うシカマルに、暇を見つけりゃ病室に押し掛けてくる火影とその取り巻きとその他諸々にうんざりした気持ちも影分身である彼には良くわかる、彼らを黙らせるには今回の決断が最も功を奏したはずだ。

(せいぜい上手くやってくれよ、本体。)

「私ちょっと会場の方見て来るわ、茉莉は動いちゃだめよ。」

「はーい、おりこうで待ってるデース。」

パタンと扉が閉まるまでひらひら〜っと手を振って、そのまま大きな伸びをしたらついでと言わんばかりに大きな欠伸が出た。
女は面倒だ、服に顔に髪、手やら足やらがむくむからってアロマでマッサージしたりととにかく息つく暇もない。

「こーんな長い裾のドレス‥茉莉は自分で着たかっただろうなあ」

女の夢、とも聞く一大イベントだ。
こればっかりは女が主役で、男は脇役って話だし。

「ま、知らね。」

俺は本体じゃねぇし、命じられた事をやるだけだ。

「あー、腹減っ」

「茉莉ー、綱手様をお連れしたわ。」

「うおっと!つな、綱手様、いらっしゃいませデース!」

おめでとう!
祝いの言葉を浴びる様に貰って、花弁が舞う道をゆっくりと歩いた。
パチパチと火薬でも爆ぜてるのかと突っ込みたいくらいの拍手のトンネルを潜り抜けた視線の先で自分を待つのは、スーツを着て立つ新郎の姿だ。特に感想なんてない、何せそれ自分だし。
お互い忍で、同じくナルトの影分身なのだ馬鹿らしい。思わず「っは、」と互いに笑いそうになるのを堪え、そんな感情は表に出すことなく表情を作る。ただ、思ってる事は同じだろう。

『あいつら大丈夫かなあ‥』

ほんと、落ち着くことがない。
そしてその“あいつら”の内一人は、現在見事にブタ化してしまっていた。

「ぶうぶうぶう、ぶう!!」

「‥‥」

「ぶー!」

「ぶうぶう言うな、新種の豚か。」

「ぶぅ!だって楽しそうデース。出たかったのにぃ結婚式!」

「あんなもん飯食って酒飲んで終わりだろ、飲み屋と何が違うんだか」

「ぜぇんっぜん違う!違うの!でももう言葉も無いデェス‥。ナルトと私の結婚式なのに、なんでこんな離れた木の茂みからこっそりと‥よよよよよぉ」

ぺちん。

「‥‥いたいー‥。だってだってだってだって‥結婚式って女の子の夢なんだよう‥ナルトは男の子だからわかんないんだこの気持ち」

「あのなあ、あそこで馬鹿騒ぎしてる奴らを凝視してどっぷり落ち込む前に周りをよく見ろっての。」

「周‥っぐぎゃ!首ぐわぁ!思いっきり回したでしょ今!」

「静かにしろ、ほれ、あそこ。」

ナルトの片手だけで軽くゴリっと回された茉莉の頭蓋骨、もとい視線の先には‥

「別に何もにゃい。」

「どんだけアホなんだ、見えないのかあれが。」

「うーーーーん‥見えないざんす。ええ?何があるの?」

わかんなーい降参デース。
両手を軽く上げた茉莉にナルトは肩を落とした、いつもこんなもんだ茉莉は。今日も変わらないってのを喜ぶべきかもわからない。

「ったく仕方ねぇなあ、影分身を少し動かすか‥見てろよ‥‥‥よく見ろ、あの辺り、変化があるから。」

「ああ!ほんとだ!!」

茉莉とナルトの結婚式の会場は里の中心に近い火影所有の自然公園で、だだっ広い野原がどーんと広がっている。
「ガーデンウェディング?素敵!」と騒ぎ始めた茉莉の希望に沿ってその場所に決まったわけだが、その流れも全ては里の裏で糸を引く人物がいたからこそのものだった。

ナルトの声に従う様に茉莉の視線の先でいくつかの影が動いた。もちろんナルトの影分身ではない。
保護色を纏ってはいても自らが作り出す影を完全に消すことは不可能だ、それを軽々と出来る一人が茉莉の背後にいるわけだが、そのナルトに感付かれているとはあの影たちは考えもしてないだろう。

「いーちにぃさーんしぃーって何人いるの、あの人たち何?」

その影たちは、会場の中心にいた新郎のナルトが人波の中心から少し離れただけで動き出した、しかしナルトがまた元の位置に戻るとその動きをピタリと止める。
全体が見渡せるナルトと茉莉のこの位置からなら、その影たちがいかに統率がとれているのかよくわかるほどだ。

木ノ葉の里でそのレベルの忍なんて、茉莉が思いつくのは一つしかない。
思い当った言葉を口にする前に背後にいるナルトを見上げた、にぃっと笑う所を見るとどうやら茉莉の考えは当たっているらしい。

彼らは暗部だ、暗部総隊長のナルトが纏める里の精鋭たち。

「今日は俺の監視だ、茉莉じゃなくて俺の、な。」

「ナルトの監視‥‥?え‥?九尾の‥事?」

暗部総隊長だろうがなんだろうがナルトが人柱力であることは変わらない、茉莉の知っている「NARUTO」では人柱力は虐遇の対象だ。

今更?
里にナルト以上に貢献している者が他に居るだろうか‥それなのに?

「ナルト‥そんな‥‥身を粉にして馬車馬のように働いて正に粉骨砕身の四字熟語がぴったりの毎日だったのに、その裏での気随気儘で傲岸不遜な態度についにみんな限界が来たんだね‥憎まれ口叩いてても仕事はちゃんとこなしてきたナルトだったのに、時には影分身出してズルしてたりもしたけどそれでもちゃんと結果は出して来たのに‥それなのに‥暗殺なんて‥どうしよう、ナルトをずっと支えてきた私ももれなく捕らわれてあれやこれやそれやこれやで大変な事に‥」

あわあわわ、どうしましょうと茉莉が両手で顔を覆う前に、後頭部にぺちんと小さな痛みが走った。

「じゃねーよ、なに悲劇のヒロインぶってんだ。それに誰が馬車馬だって?使ってやってんのはこっちだっつーの。」

「え、暗殺じゃないの?だって暗部のみんなでしょあそこにいるの。なんかものっすごい数じゃん」

「里外任務に出てない奴全員集まってんだろ、俺を捕まえたいのならそれくらいやらねぇと無理だよなあ。」

「首謀者は綱手様?」

「あと総副隊長だな、シカマルの奴。」

「うわあ、ご愁傷様シカマル。で、それでナルトを捕まえたいのと、自分たちの結婚式なのに忍ごっこもどきってなんの繋がりがあるの?え、もしかして私と二人で忍ごっこがナルトの趣味?‥ええ、ちょっとやだなあ。私って意外と忍に向いてないしー‥」

茉莉の中で蘇るアカデミーの記憶、散々なものだっただけに努力しようとも思えない。
せめて炎の料理人とか必殺掃除ガールとかそこらへんの趣向に走ってくれないだろうかと考える、が、それもまた的外れな考えだった。

「忍ごっこってなんだ?ほら、茉莉が式が終わったら行きたーいとか言ってただろ、えーと‥」

「し、しし新婚旅行!?」

「そうそれ、それに行かせないようにしてんだよあいつらは。俺が任務以外で里を抜けると損失デカイからな。式が終わった瞬間にでも取っ捕まえて任務に押し込めってな作戦だろ。」

「ナルト相手に無謀過ぎる。そんな簡単にナルトが言う事聞くわけないのに。いつも一緒にいる私でさえナルトには苦労してるのにね。ねえ?」

それがあいつら俺の弱み握ってんだよなあ、とは言えないナルトは「困っちゃう。」とか言いながらふうと溜息を吐く茉莉を静かに見下ろした。

溜息を吐きたいのはナルトの方、ついでに口角まで引き攣りそうだ。茉莉を取られてしまえばナルトが手も足も出ないのを綱手以下数人はとっくに知っていて実践済みなんだから。 
その後勿論報復に出ようとしたナルトだが、なぜか茉莉が引っ張り出されて事が進まず今に至るのだから、たまったもんじゃない。

「とにかくさ、行くなら今ってこった。」

「ん?」

「新婚旅行、行くんだろ?」

「っ行く!はいはーい!もちろん行くよ!」

数分前にはぶーぶーとブタ化していたのはどこへやら。ぱぁっと顔を輝かせた茉莉はスタッと立ち上がった。

「あ。」

そう言えばここは木の上だ、ナルトが茉莉を連れて上ったのだが勢いよく立ち上がった茉莉がその瞬間足を踏み外したことは言うまでもない。

「‥‥ご面倒をお掛けします、デス。」

「それこそ今更だろーが、馬鹿茉莉。」

「あはは、そうでしたー‥ごめん、気を付けなくちゃデスね。」

ぶらーんとナルトに腕を掴まれた状態で謝った茉莉は、反省してますと頭をがっくりと垂れさせた。

「そうしてくれ、少しでいいから意識しろ。」

片手でひょいっと投げる様に引っ張り上げられ、ナルトの腕の中にすっぽりと収まった茉莉は「うぁーい‥」と反省気味に返事する。しかしそれも、ナルトの次の言葉で爆発的に浮上した。

「頼むよ、奥さん?」

「はひっ!?奥さ‥奥さん!ナルトの奥さん!?」

突然何言ってんの!?とは思わない、なぜなら今日は結婚式。祝いの鐘の音や音楽や祝福の声がまだ微かに聞こえるのだ、夢でも幻術でもなく、間違いなく今日は結婚式!

「他に誰がいんの?」

「うわわわわ‥ッ!!」

「御手をどうぞ、奥様。」

「うわ、うわわわ、うわ、浮気は駄目デースッ!絶対に許さないからあ!」

「‥何故そうなる、随分飛躍したもんだな。ま、いいや。そろそろ行くぞ、式に出てる俺と茉莉が影分身だってのに気付くとも思えないが、出来るだけ遠くに行ってた方がいいからな、っと。」

「ひゃっ‥ぐうう、久しぶりの浮遊感にゲロゲロ〜‥」

木の枝から茉莉を抱えたまま飛び降りたナルトにしてみれば随分と気を使った方なのだが、慣れないものは慣れないようだ。
ぞわっと悪寒が上るほどの気持ち悪さが胃から込みあがって来てそのまま背へと走るが、茉莉はなんとかそれを意識の隅へと追いやった。ここでくたばるわけにはいかないのだ、何しろ今から新婚旅行。

ナルトの腕から降ろされた茉莉はゆっくりと立ち上がり胸の前でググッと拳を握った。
見つめる先は木ノ葉の里から遠く離れた‥‥まあ山しか見えないが、とにかく遠くだ。

「茉莉ー、行くぞー。」

「ああん、待って待ってー!ねえねえナルト、どれくらいの旅行?どこに旅行?いつ計画立ててたの?ほんとにほんとに行っちゃっても大丈夫?」

「いいんじゃねえの、あいつらもそろそろ自分たちで里を支えるっつーのをやってもらわねぇと‥どした?」

「ううん、ナルト変わったねえ。」

「何が、俺は俺だろ」

「そうだね、ナルトはナルトだよ。私はナルトが大好き。」

いつもいつも感じてはいたけど、ナルトの行動一つ取ってもそれに優しさが交じってるって気付いてた。少なくとも茉莉には、だが。
だんだんと薄れていく元の世界への思いとは別に、流す涙が少なくなって、世界に光が満ちてきたようだった。

「大好きだよずっと‥‥あ、待って、待って待って!ストーップ!ちょっと待って、わひゃ!スト‥や、ちょっと待ってー!ダメダメ駄目なの、駄目!」

「‥‥何‥」

「うわあ‥そんな機嫌悪くならなくても」

「ああ?当たり前だろうが、人の顔をいきなり押しのけやがって」

「だってナルトがキスすると止まらなくな‥うわあ‥‥怒ってるー‥」

「‥怒ってない。」

「うーん‥‥でも‥好きだよって、言っておこうかな。」

「‥もう行くぞ。」

「あーーーい。ねえねえ、まずはどこに行くの?荷物少ないけど‥遠いけど近いとこ?」

「里から出たら山伝いに進んで古い坑道に入る、随分前に任務で見つけて時空間忍術掛けといたからそっからの移動は早い。その山道が結構面白ぇんだ、変な草とか生えてるし珍獣も多いからな。ああ、必要そうなものは巻物に入れといた、当分問題無いだろ。」

「ナルトなんだか楽しそうデスネー。」

「ま、そりゃな。それなりに。」

「‥あは!もーう、ナルト大好きー!!」

ダイスキーダイスキー‥‥

里の隅っこでそんな声がこだまする中で、ナルトと茉莉の結婚式は無事終えた。
そして二人は新婚旅行まっただ中で、里とは違う毎日が訪れる。
















end.


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