「里の内外で派手にドンパチなんて、別に珍しくも無いだろ?」

時折気が触れたように暴れまくる張本人が、あっけらかんとした口調で言った。
根拠すら明かさない失踪者事件の詰めも近いからか、上層に提出した極秘内容をナルトはあっさりと口にする。

「術の名残が蓄積していくつか磁場が出来たのは数十年前だな、何年もかけて互いに共鳴し合ってついに影響を出し始めた。元々残りもんの術の塊だ、ほら、よく茉莉が具沢山の野菜スープ作るだろ、健康的デースっつって。それみたいにうまく融合したってわけ。」

「すごく‥わかりやすいかもしんねえけど例えが微妙。それで?」

「煩いな。とにかく、現在木ノ葉の里は煮込み中の野菜スープの中心だ、中心に集まるものは?」

「‥泡?」

「アホか。灰汁(アク)だろーが、野菜の。煮込み過ぎるとそのうち中心に集まんだよ、それを細かく排除してくとより一層スープが‥いやいいや。それで、磁場の中心である里に術の名残が渦巻いてて、それに何人かが引っ張られたってわけ。誰一人として外傷はないから精神面に働きかけてくんだろうな。」

「もしかして料理の手伝いとかしてんのか?精神面か、それで被害者たちはその記憶が無いのか」

「おそらく。」

「後遺症は?」

「知らん、興味ない。」

「茉莉の後遺症は?」

「茉莉の今の状態からしたらそれ自体が後遺症に近い。俺にとっては、悔しい事に。」

ぼそっと、最後だけ呟く様に言うもんだから聞き取れなかった。

二人して森の中を走り抜けているんだからそれも仕方ない、ナルトの速さについて行くだけでもシカマルにはやっとのこと。
聞き返す必要は無かった、再びナルトが声を張り上げたから。

「今回気付かなけりゃ、術の相互作用で数年内に里の半分くらい吹っ飛んでたな。煮詰めすぎたスープも吹き零れるか焦げ付くかだ。」

ははん、と笑いながら言い切ったナルトは「ま、それも面白そうだけど。」とまた笑った。

「あのなあ、里の将来を野菜スープに例えんなって。」

「あの馬鹿はわざわざ例えを出さなきゃ理解できねーの。あーやだやだ。」

分かってた事だけど、馬鹿茉莉にご執心なナルトは茉莉馬鹿だった。

ラッキーな事に木ノ葉隠れの里は、茉莉のおかげで半壊は免れそうだ。


里の代わりに、壊れていくものがあったけど。


静かに、音を立てる事も無く流れる涙のように、ひっそりと。

ナルトはずっと知っていた。
ずっとずっとわかってて、何度も繰り返し壊していった。










さよなら、世界










「見つけた、茉莉だ。」

暗部装束に身を包んだナルトが、嬉しそうな声の調子を隠さずに呟いた。しかしそれも茉莉の虚ろな瞳を見てすぐにその気配を消し去ることになる。

「触ると消えるんだったよな。」
 
「そうだ、絶対に茉莉に触れるなよ。お前はただの傍観者ってこと忘れんな。」

「へいへい。」

傍観者じゃなくて、任務完了の立会人なんですけど。

茉莉から視線を外そうとしないナルトに言っても意味ないし、言葉が変わってもナルトの中で認識が変わる事は無いから、別にいいけど。

少し投げやり気味に思考したシカマルもすぐに茉莉へと意識を向けた。
確かに、いつもの茉莉じゃない。

ザザッと木の葉を揺らしながら茉莉の向かう先へとナルトは跳んだ。
手を出すことは許さないってのは、ナルトが今回の事態を治める為に上層部に出した条件だった、シカマルだけが同行を許されたのは、茉莉とナルトの繋がりを知っている唯一の暗部だからだ。

他の暗部たちは点在している術の残存場所に散って封印処理中、その任務を宛がったのもナルトで、実質人払いをしたようなものだ。

「なんだこれ、泉?こんな所にあったか?」

木々のカーテンを抜けてしまえばそれほど大きくも無い泉があったが、そんなもの地図にはない。
どこから湧き出たのかもわからない、虹色をした不思議な泉だった。

「あれが術の塊だ、あれだけ濃密ならそりゃ世界も映しだす。」

強い風が吹いても波紋を残さないとろりとした水面を湛える不思議な泉は、まだ姿の見えない茉莉の存在を感じ取ってかゆらゆらとその虹色を変化させ始めた。
徐々に姿を現すのは街だろうか、空から見ているようだった景色が少しずつ鮮明になって、やたら整理された道を実際に歩いてるかのように色鮮やかなものになった。

「これって‥」

「茉莉の記憶だ、あっちの世界のな。自宅やら学校やら、友人や家族との思い出に意味の分からん集まりから料理本読破中のものまで様々に。」

「これが茉莉の世界?」

「あれが父親で、あれがサブロー好きの母親。仲のいい友達と落ち合って‥ほら、変な集まりに出かけた。あれなんなんだろうな。茉莉の言う腐女子ってやつか?」

「え、わかんねーよ普通に。それ以上になんでお前がそこまでわかるのかが疑問なんだけど。」

「俺に質問すんの?傍観者の立場はどうしたよ。」

「いや明らかに、これってさ‥」

なんとなく、ナルトがここ数か月落ち着いてた意味がシカマルには分かった。
茉莉の頭の中を覗いて、茉莉に何が起こってるのか直接茉莉の記憶から読み取ったからなんだと。

原因を突き止めて、その場所を特定して、里全体を黙らせるだけの材料を揃えるまで待ったんだ。

「記憶を‥茉莉は一般人だぞ、忍相手でも任務外では禁じられてるだろーが!」

「それが?茉莉は俺のなんだから、そんなの適応されないし守るつもりなんてない。要は結果だろ、今回里に起こってる事態を考えれば上層部でも容認せざるを得ない。数年内に里は半壊だったって、俺言ったよな?茉莉から読み取った情報が無ければ、確実に里は吹っ飛んでた。」
 
悪びれもせずにさらっとナルトが口にして、反論なんてシカマルには出来なかった。
ナルトにとって里は二の次だからこそ、里全体を人質に取られたような気分だ。

「‥茉莉がお前の前に現れてから結構経つけど、元の世界の事とか何度話した?家族の事も友達の事も、そんなに聞いたことねぇんだけど。」

あったとすればサブロー事件くらいだろうか、時折シカマルの前で意味不明な言葉を話しては「この喜びを友人と分かち合いたいデース!」とか言ってた気はするが、普通家族に会いたいとか言うもんじゃないだろうか。
茉莉は死んでるけど、この世界では生きてるんだから。

「ナルト、お前まさか茉莉の記憶覗くだけじゃなくて、操作なんてしてないよな?」

ナルトからの答えは分かってたのに、シカマルが口にしてしまったのはそれなりにナルトに対する思いがあったからだった。
里から疎まれても暗部総隊長として動いて、理由がどうあろうと現在まで里を守ってるんだから。

でも、まさかなんて言葉必要なかった。
くつりと笑ったナルトの顔を見たシカマルは、ナルトに対して初めて身が竦む様な戦慄を覚えた。悲しいくらいに慣れ親しんだ殺気とは全く違う、恐怖心。

「あいつはどこにもやらない、家族にも世界にも渡すつもりなんてないからな。あの泉が残存する術を濃縮させて茉莉と呼応してる、元の世界に引っ張られるか消えるのか知らねぇけど、俺の前からいなくなるのは許さない。日に日に茉莉の気配が薄くなる、あの泉に呑まれるように、確実に。」

ボウッとナルトの手の中で青い光が輝いた、周囲の風を巻き込むように大きくなるそれは、人一人飲み込みそうな大きさにまで急速に成長している。

「ナルト、何するつもりだ!封印すりゃ済む事だろ!」

ガガガッと音を立てて周辺の木々が揺れた、茉莉が歩みを進めるギリギリのところでこの風は止んでいるんだろう、それくらいの調節ナルトなら容易に出来る。



――力があればあるほどなんでも思い通りになるって思っちまうからな、大事なもんを失くしたことが無い奴は特に。


(そんなもの無い、失くしたことなんて無い。失くすのは弱い奴がする事だ、大切ならずっと手放さずにいればいい。)


――傍に居て欲しいってのを伝えるべきだ。


(それなら、離れないようにすればいい。)


――記憶‥操作してないよな?


(何度も何度も記憶を消して、離れないように。元の世界も、この世界も、茉莉の中から消えて俺だけにしてしまえばいい。)



――お前茉莉の事どう思ってるんだ。



「ナルト、やめろ!」

大きく膨らんだ光の塊が二人の頭上で太陽の様に輝いている、ナルトが手を揺らすだけで森の地形を変えるほどの衝撃を与えるのは、シカマルの目から見て明らかだった。

咄嗟に伸ばしたシカマルの手はナルトには届きそうもない、それだけ距離があるように感じた、目の前にいるナルトがひどく遠い。

「茉莉の事どう思ってるだって!?そんなもん、決まってるだろーが!!」

怒りに任せて叫んだナルトは泉に向かって叩き付ける様に腕を振り下ろした、水面を裂きながら食い込んでいく光の弾は森全体を吹き飛ばし、轟音を立てながら崩れていく。響き続ける爆発音はなかなか止まず、シカマルだけでなくナルトの声さえも飲みこんで、やがて光を消していった。

虹が離散する、泉の虹が。ナルトの作り出した結界の中で眠りに落ちていく茉莉は、空に消えて行くそれを見て一粒だけの涙を流した。

ひっそりと、静かに。


突然命を断たれて会えなくなった大切な家族や友達と夢の中で会っていただけだった。ふらふらとナルトから離れていく自覚も無く、単に術に呑まれて行っていただけとも思わずに。
でももう、会えない。
茉莉が分かったのは、それだけだった。
泉が消えて行くとともに茉莉の中でも何かが小さくなって、そして消えた。





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