「ううう‥‥ぐすん‥ナルトのバーカ‥‥‥。ってい!」

茉莉が蹴り上げた小石がぽちゃんと小さな湖に落ちた、波紋がゆらゆらと広がっていくのを見て思い出すのは今朝の事だ。

「ひどい‥」

まさかあんな理不尽なこと‥有り得ない。
茉莉の心は罪悪感でいっぱいだった、どうしてあんなことになっちゃったのか、不用意にナルトに近づいた自分もいけなかったし毎朝毎朝襲ってくるナルトも悪い。
どっちにしろもう過ぎたことで今更どうかなるわけでもないけどそれでもやっぱり‥惜しかった。

「‥‥‥‥‥秋刀魚‥焦げたし‥」

折角の旬の食材が‥

「ナルトのバカ!!もったいないお化けに食べられてしまええええぇぇぇ・・ヨヨヨヨヨ‥」

食べ物を残すと出てくる(らしい)もったいないお化け。
茉莉の『生きる事=食べる事』は幼い時から母に言われ続けてきたこのお化けの存在が発端である。
枕元に現れたり食べられたり魂を抜かれたり、もったいないお化けの力は幼い茉莉にとっては想像を絶する怖さだった。
仮にもったいないお化けが実際に存在するとして、ナルトの前に現れた瞬間良くて惨殺、悪くて半殺しだがそれに付属するその他諸々は言葉にするのもおぞましいので眠らせておく。
茉莉はやっぱりそんな事考えてないから、自分の中での最強お化けに縋った。

食べ物の恨みは怖いのだ。
縋っても出て来てはくれないけど、叫ぶのも泣くのも願うのもそれぞれ人の勝手ってもんである。










日々の変化は段階的にちょこちょこと










バサ、

「‥折角影分身に合同演習行かせたのに意味ねえし」

「そもそも影分身に行かせるお前が悪い、ちゃんと自分の任務は自分でこなしな」

「ざけんなクソばばあ、人に書類の束押しつけといてそれ言うか?」

ジャジャジャ!と高速でナルトが走らせるペンは只管に綱手のサインを書き続けていて、捲っても捲っても終わりの見えない書類の束がナルトの周囲を高層ビルの様に取り囲んでいる。

ナルトが長期任務の間にこっそり溜めたらしい火影の仕事の後始末、影分身が綱手にバレて呼び出されたと思ったら気付いた時にはこのザマだ。

こんなもんやってられっか!
目の前のビルを巨大ゴリラが薙ぎ倒すように弾き飛ばしたナルトは、崩れていく書類の向こうに青筋立てたばばあ、もとい五代目火影の姿を見た。

「なんだよやる気かい!」

「おおやってやんよ、覚悟しろ全身詐欺女!」

「「ッ死‥」」
「食事の時間ですよ綱手様―!!」

ぴたり。

なんかこれどこかでもあったなとナルトがまず動きを止めて、視線を向けたその先にはシズネが立っていた。
手には見覚えのある重箱だ、茉莉が毎日作ってるお届け弁当の一つに間違いない。

「お!もうそんな時間か?今日はなんだ、魚か肉か!?」

喧嘩の内容は忘れましたと言わんばかりに綱手がシズネの元へと飛んでいく。
実際の所忘れたいんだろう、あの書類の束。

「おい綱手、さっさと書類片づけろよ。これ以上俺の手を煩わせん‥」

「なんだこれは‥」
「なんでしょうこれは‥」

「‥‥‥‥何?」

ぱかぱかぱかぱか。
小気味のいい音を立てて綱手が開けていく重箱の蓋、いつもなら中にぎっしりと詰まっている筈のものが全くない。
違うか、ぎっしりとは詰まってはいる、‥‥米、オンリー。

ぱか。

「「「‥‥‥米‥」」」

最後の重箱の中身を見た瞬間にぽちょーん、と心の寂しさがどこかに落ちた音がした、気がする。
綱手が五代目火影を務め始めてから3・4年だろうか、食事の時間がこれほどまでに楽しみになったのはいつからだろうか。
別にやりたくはなかった火影という地位に就いたのはナルトと自来也のゴリ押しという名の強制によって、茉莉がいなければとっくにまた逃げ出していただろうに。

‥いやいや、そこまで言ったら里人に申し訳ない。
里を愛してはいる、守りたいとも思ってる。
だがしかし日ごろの活力であるランチタイムがこれほど寂しく感じられたのは今までにない。

「海苔で文字が作ってありますね」

一段目、“いつもたのしみにしてくれて”
二段目、“るのに今日はじかんが”
三段目、“なくて作れなかったデス‥”
四段目、“さんまがスミになっちゃった”
五段目、“ほんとにほんとにごめんなさ“

「“いデース”は海苔が入りきらなかったとみていいな。」

「そうですねえ、それにしても器用ですねハサミで切って作ったんですよねこの文字」

「海苔切ってる間に弁当の一つ二つ作れるだろうが、あいつやっぱ馬鹿だな」

「「‥‥」」

三人頭を突き合わせるようにして重箱を覗き込む姿は異様だ。
眉を顰めるナルトに綱手とシズネが覚めた視線を送った、それが合図だったのかもしれない。

「‥なんだよ事実だろ、ッッとォ!!あっぶね何すんだッ!」

ひゅ、とナルトの耳元で風を切る音が聞こえて反射的にその場を離れる。
轟音を立てて崩れる床と綱手の拳によって生み出された風でバサバサと書類が舞い、それを境にしてナルトと綱手の視線が絡み合う。

「原因は十中八九お前だろうがッ!!この金髪天邪鬼!!」

「誰がだ垂れ乳、その手に乗るか。攻撃した俺を捕まえて、また書類整理に付き合わさえれるなんてごめんだからな」

はん、と悪態ついて窓の桟に足を掛けたナルトは虚空の姿に変化した。
『うずまきナルト』は合同演習中でこんなところに居るのを目撃されてはいけない、執務室内に張った結界も綱手の剛腕でぶち破られて機能してないから、そろそろ人が集まるはずだ。

のろのろしてたらまた捕まる、折角の休みだったのに執務室で過ごすなんて意味わかんねえとナルトは窓の桟に足を掛けた。

「おい待てナルト、お前茉莉の事どう考えてる。私と会ってから長い付き合いだがお前は誰よりも長い。」

「‥何が言いたい」

「こんな事は今までになかったからあの子に変わりはないかと聞いてんだよボケッ!」

ビシィッと綱手が親指を突きつけるそこには重箱がある、確かに茉莉は出会ってから一度も料理に手を抜いたことはない。
なにせ三食なけりゃ死ぬとまで言ってた女だ、自分を良しとして他人に強制することもしない。

「なんだよ別に朝からヤっただけだろ、そんな気にする事じゃ」

「死ねぇえええ!クソガキィィィイイ!!!!」

「げ‥キレやがった‥」

「ナル‥虚空くん逃げてください!!これやば‥やばいですよ!!!」

「言われなくてもそのつもりだったっての!」

ガシャアアアアアン!!

「キエエエエエエエエッ!!」

「あひぃいいいいいいいいい!」

ほんと優秀な助手でありがたい。
すでに遠い叫び声を聞きながら虚空は綱手の言葉を脳内で反芻し、木ノ葉の空を自由に駆けた。




 prev / next

 → TOPへ


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -