なんとなく名を呼ばれた気がした、とはただの言い訳に過ぎないか。

そんな事を思いながら軽く笑い印を組んだナルトは、周囲の騒がしい感情の波が治まっていくのを感じ取りつつ、腕の中にいる茉莉の泣き声が止むのを静かに待った。










再会は別れの始まり










その声を無視することなど簡単だった。聞こえなかった振りをして、下忍のうずまきナルトらしく、ミチルのように盛大に悲しんでいればそれで。

もしくはその息子であるヒカルのように、目に涙を溜め、眉を寄せて、力の籠らない手を差し出し声を震わせて‥とか。

それでもやれやれと腰を上げたナルトがそこへ向かったのは、多少なりとも彼の事を気に入っていたからだろう。

国を思い、民を憂い、自身を犠牲にしてまで守り通そうとするその王の姿はどこぞの狸じじいと重なって、ナルトにしては珍しく話を聞いてやろうと言う気になった。

「何の用だ」

暗い洞窟の奥、揺れる燭台の灯りに照らされる老齢の姿の横にナルトは静かに座り込み、少しの感情も現さない無機質な瞳を向けた。

ゆらりと光が動くたびにナルトの瞳も色を変え、その中にはツキカケルの姿が映し出されている。

到底王とは思えない、質素な布にくるまれて浅く早い呼吸を繰り返し、それでもナルトを見てカケルは僅かに口端を上げた。
その表情を見てもナルトは何も思うことはない、軽く口を開き、カケルの未来を音にする。

「お前死ぬんだな」

志半ばで、と暗に含んで。

月の国は大臣であったシャバダバの手に落ち、ようやく逃れてきたこの洞窟で今、王が命を終えようとしている。

ナルトとカケル、面識のないはずの二人は数年前に一度出会ったことがある。
ナルトが所用で月の国を訪れた際の事で、面倒事を嫌うナルトはさっさと用事だけを済ませて木ノ葉へと帰還するつもりだった。

天然資源が豊富で常夏の島でもあるみかづき島は観光客が多い、そしてその分、厄介事も多い。
公営ギャンブルも盛んとあれば、その中で自身の負けを認めずに難癖を付ける奴も出てくる、それだけならまだしも酔っぱらった挙句人に絡むとは何とも性質が悪い、とそんな男たちを4・5人ほど誰にも悟られることなく、ナルトが吹っ飛ばした時だった。

フォッフォッフォッと笑いながら歩いている気楽な老人が現れ、またもや絡んでいく酔っ払い。
ただのついで、とばかりにナルトは手の中に隠した小石を軽く飛ばした。声を漏らすことなく男たちは道に崩れて、あとは知った事じゃない。
しかしその場を去ろうとするナルトの細腕を取って、強引に建物の影に隠された馬車に連れ込んだその老人が、王であるカケルだった。

俺の動きに気付いたのか?なんて、そんなナルトの見解は初っ端から崩れ去る。

「何がどうなったかわからなかったが、誰も名乗りもしないから身近にいる君に礼をと思っての」

王とは思えない警戒心の無さと無理矢理のこじ付けに加えて、ある意味でかい心の広さを惜しげもなくたっぷりと披露したカケルに、ナルトは「お前アホか」と記念すべき第一声を放った。

国民の暮らしを見る為に護衛の目をすり抜けて視察をしていたカケルは、ある意味自由な男だった。

「もっと王としての自覚を持て、そこらでお前が死んだら護衛たちの責任になるとそこまで考えての行動なのか?大体大した体力もない老人のくせに、この炎天下の中を日よけも無しに歩き回ればあと数分後にはぶっ倒れて数時間後には干物だ。国の視察が悪いとは言わないが、王の意見を取り入れられるような国政を作る事から始めたらどうなんだ、己の行動に責任を持てない奴が国民にどうこう言う資格はないとは思うがな、じゃあ俺は行くからもう下ろしてくれ、元々この国に長居するつもりはないし、お前とこれ以上共にいる気もない。」

適当に捲し立てて降りようとするナルトの手を再び取ったカケルは、何とも言えない視線をナルトへと向けた。

思わずナルトが口端を引き攣らせるほどの、そう、その時初めて某狸の老人に似てると思ったのだ。

今頃どこぞで温泉廻りでもしているはず、の、一般向けには死んだ火影三代目のあの瞳‥年が近いせいか、それとも王たる気質がそうさせるのか、どちらにしろ一瞬動きを止めたナルトは扉へと向けた体をくるりと回され、狸2号と城へと向かう羽目になった。

それからはお茶したりお茶したりお茶したり。
まあいいかと大人しくしていたナルトだが、その時点からシャバダバは行動を開始していた。

数年以内に事を起こすだろうこともある程度ナルトには予測出来たことだし、クーデターに必要とされる資金はシャバダバは十分持っていた。
発起する際はその動機が最も重要とされる、しかしそれの行方など、ナルトにはどうでもいい事で。

シャバダバが謀反を起こそうが、城を、国を、民を乗っ取ろうがナルトには全く関係ない。

これが木ノ葉の属する火の国での話であればまた別だが、月の国は南の彼方にあり何か異変が起ころうとも木ノ葉にとばっちりが来ることも早々ないだろうと見極めての事、だったのだが、まさかそのクーデターを発起したその時に、木ノ葉に別任務として依頼が来ることまでは予想できなかった。

コレガが言うにはカケルはシャバダバの説得を試みたようだがそれは無駄に終わり、今に至る。

国が落ち着くまでにミチルやヒカルにシャバダバの手が及ばないよう、諸国漫遊の旅だなんて馬鹿げた提案をするくらいだ、カケルはナルトが来るとわかってて木ノ葉に護衛の依頼をしたのかもしれないと、そんな考えがナルトの脳を掠めた。

だが今となってはどうでもいいことだ、何しろその付き合いもあと数時間‥数分以内にあっけなく終わる。

石化の術は解けても外傷によるダメージが大きく治せない、そうサクラが言っていたかとナルトがそっとカケルの身体に手を伸ばす、淡く蒼い光がカケルの身体を包んでいき、一度は伏せられたカケルの瞳が再び開いた。

「細胞の修復には限度がある、悪いな。」

サクラが出来るのは止血程度、と言ってもカケルは結構な年であり、元々の細胞自体を回復へと辿らせるのに困難を極めるのだから、さすがにそこまではナルトも出来ない。

細胞そのものを作り替え、知力体力ともにその当時のものを保つことが出来るのは現火影である綱手以外にナルトは知らない、それか少し前に木ノ葉崩しを目論んだカマ蛇男、とか。

「少し、‥楽になった」

「胸腔内を少し整理しただけだ、死ぬことに変わりはない。」

それでも、息子であるミチルと孫であるヒカルに言葉を残すくらいは出来るだろう。

それくらいしてやってもいい、死に行く者だけになんてことは思わないが、名を呼ばれて反応した時点でナルトが決めてた事だった。
 
――カケルさん、死んじゃう‥

出来る事はしてやると茉莉に伝えた。
死ぬ前に伝えたい言葉を残して、それでも未練は残るだろうが、茉莉とそう約束したから。

今はミチルもヒカルも、カカシ含む少数の護衛たちすらも眠りに落ちている。
突然の謀反に残り少ない王の命、そして次期国王にと無言で期待される重責感、王を守り通せなかった自責の念、大きな負の要素が体力と気力を急激に奪っていったようで、ナルトの術であっさりと眠りについてしまった彼らはすやすやとここ数日振りの休息を取っている。

どちらにしろどこかで体を休めないとこの先使い物にならないのだから、眠れる時に眠ってくれればそれでいい、たまたまそれが今だったというだけだ。

「ナルト‥」

名を呼びながらもカケルは腕を上げようとなんとか動かそうとするが、結局ぱたりと地に落ちた。

こんなところもあの狸に似てる、とナルトは無表情のままカケルを見つめた。
顔を見れば頭を撫でてきて笑顔を向ける、まるで本当の孫にでも接するかのように親しみを込めて名を呼んでは、顔を覗き込んで来るのだ。

「国を‥‥‥」

「‥国を守れってか?あの時言ってやっただろう、シャバダバに気を付けろって。お前の理想とする国作りはあいつには出来ない、あいつはそんな事を望んでない、そんな器でもない、何かを企むような下種な視線をお前だって感じてたんだろうが、周りの意見を弾いてあいつを擁護したのは他ならぬお前だ。それを今更他人に任せてさっさと隠居するとは呆れるな。」

「相変わらず‥厳しい‥のう‥‥」

「息子に王たるものは何かと伝えるべきだったな、あいつはダメだ。」

「ミチルなら‥出来る」

「嫁にも捨てられたあいつが国を救うと思ってんのか?」

「‥導いてくれ」

「断る」

「後生じゃ‥ナルト‥」

元来ナルトは面倒事を好まない、中途半端が嫌いで手を出せば最後までやり通すことを信条とはしているが、己の欲求に勝る事は例外である。
茉莉との約束も、一つの国を左右するところまで含んでいるのかわからない。

ミチルがもう少し使えそうな男であれば、月の国にとって前代未聞なこの事態の行く末を見ていくのも案外面白いかもしれない。

しかし初めから他人任せ、王子と言う立場を盛大に利用して好き勝手に自由に過ごし、何故己自身が在る事が出来るのか、道義的義務さえも理解してない奴にナルトが興味を覚えるはずもない。

「そんな面倒な事ごめんだ。」

吐き捨てる様に言うと、こんな無意味な会話をしていても無駄だと言わんばかりにフイッと視線を逸らした。
相変わらずナルトは無表情のままで、死の間際に何を言い出すのかと思えばそんなことかと、一つ軽く息を吐く。

カケルは何も言わない、ただじっとナルトを見つめて、次の言葉を待つかのように動かない。

カケルにとってもナルトとの付き合いは深いと言えるものではない、どちらにとってもたった数日だけの付き合いで、その中でも他愛のない話をしながら茶を共にしたと、それくらい。

カケルにとっては心地良かったのだ、ナルトの第一声からして始まった辛辣でありつつも王である自分に投げられる的を射た的確な言葉の数々が。

ナルトは助言として言ったつもりではないのだが、時にボソリと口にするその一言が後に国の政策を一つ二つ見直すきっかけになったことさえもある。

見た目は子供であるのに、付き合っていくたびにそうは思えなくなってきて、いつしかずっと傍に居てはくれないだろうかと思うようになった。
その願いを口にしたこともあるが、ナルトは首を縦に振ることもなければ、その年にしては珍しいほどの秀麗な顔に笑顔を乗せることもなかった。

命を懸けたカケルの願い、きっとそう返すだろうと思ってたとフッとカケルが笑った時だった、動かなかったナルトがゆっくりと立ち上がる。

「そろそろ行く、あいつらが寝てる間に城の状況を探りたい。」

立ち上がったナルトは、横になっているカケルから見れば遠い存在にしか見えなかった。
暗い洞窟の中で瞳の色さえ読み取れないような距離を感じつつ、ナルトの言葉の意味を探るカケルはふと口を開く、もしかしてとの期待を込めて。

「手を‥貸してくれる‥のか」

「違う。木ノ葉への依頼はミチルとヒカルの護衛だ、城があんな状態じゃ任務の完遂は出来ない。」

そう言って振り返らずに洞窟の出口へと向かうナルトは、印を組んで影分身を2体作る。
そしてシャバダバとその手助けをしている忍たちの情報を探らせるため、闇の中へと紛れさせた。

「‥なんだよ」

また声が聞こえ、ぶっきらぼうに返事をしたナルトは相変わらず振り返らない。

ただカケルのその声は震えていて、なぜ震えているのかもナルトには伝わった。

「ありがとう」などと声を掛けられる道理はない、ナルトは忍だ、任務を遂行することが優先され、その行動になんら疑問を持たれる筋合いなどなく、カケルの願いを聞いたわけでもないのだから。

「ミチルとヒカルに‥伝えてほしい」

到底ナルトの位置まで届くわけがないと思われるような、掠れた声がひっそりと聞こえた。
もう一刻と持たない、カケルは王としての人生を、親としての人生を、そして孫と過ごす残りの人生を己の重臣であったはずの男により奪われ、自らの力を過信した挙句その生を終える。

まさに自業自得と言うに相応しい最期であるとも言えるがやはり、気に入ってたんだと思う。

自分の身内と同じくらい国を愛しているんだろうこの男は、それゆえに目を濁らせ、先を見通すことが出来なかったのだ。

息子に伝えてほしい、孫に伝えてほしい?その願いこそが、心得違いというものだ。

「自分で言え。」
それくらいの命は持つようにしてやったんだから。

付き合いこそは浅い二人、互いの価値観が理解出来るような時を多く過ごしたわけでもない。

それでもナルトはカケルの信念を読み取り、その過ちに気付いたようにカケルもまたナルトの言葉の裏を読む。

「あの娘にも‥感謝を‥‥」

数年前に会ったままの彼なら、ここまで手を貸してくれるなどなかっただろうから。

カケルは微かに笑い、その頬を流れる涙が白髪の中に紛れて行く中、ナルトが洞窟内から姿を消したことを察した。

あとは待つだけだ、残り少ない命、金の少年が持たせてくれた僅かな生の中で、自分の全てを息子に託す時を。



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