「サーカスごと貰っちゃおうか」

ミチルはそんな非常識な言葉と共に、異常なほど『0』の数が多く書かれた小切手をあっさりと切った。










喰われてしまえばいいのに










「現金は島に着いてからでいいかな?」

僕は月の国の王子だ、と言われてしまえばサーカスの団長も無言のまま頷くしか無いようで、法外な金額が書かれた小切手を震える手で受け取っているのがナルトたちの目に映った。

(国でクーデターが起こるかもしれないって時に暢気なもんだ。)

大きな腹を付き出してサーカス団員たちの前で笑っているミチルから視線を外して、ナルトは軽く溜息をついた。
現国王であるカケルとは一度面識があるナルトだけに、この常識知らずの息子はいかがなものかと目を見張ってしまう。

国内の事には目もくれない、もしかして月の国の特産物が何かも知らないんじゃないだろうか、これが王たる器だとはどうしても思えない。

だからこそ、カケルの側近であるシャバダバは謀反を起こそうと考えたんだろうなと納得出来てしまうほど。

(寄り道ばかりで立ち止まるたびに物を買い漁り、終いにはサーカス観賞の挙句サーカス丸ごとお買い上げかよ。‥予定よりだいぶ遅れてる、影でも走らせて月の国の様子を探ろうか)

大きくは動けない、シャバダバの動きをナルトが知っていても謀反の阻止は今回の任務内容では無いし、何より面倒事は避けたい。
正式な任務依頼が無い状態で動けば他国への過干渉になり木ノ葉が危険に晒される事も考えられる、月の国は他国とのルートがずば抜けて多いだけに、木ノ葉が恩を売っておきたいってところもあるが。

(思惑通りに動くのが癪なんだよなあ)

――それに木ノ葉って今財政難でしょ?

五大国きっての隠れ里の地位を維持するにはそれなりに資金が必要なこと位ナルトは良くわかっている、だからこそ茉莉の働き一つで助かるような楽な事でもない事も。

(茉莉の奴は言い出したら聞かねえし、無理矢理帰しても絶対また戻ってくるに決まってる)

茉莉を思い通りに動かそうなんてのは無理ではないが難しい、何より面倒過ぎる。
いくつも伏線を張ってもことごとく振り切っていくのだ茉莉は、ナルトの希望通りに軌道を修正しようにも、予想以上に時間と労力を必要とする。

(そんな時間ないっての、馬鹿茉莉め)

意外と策士家な綱手はこの事態を予測しての茉莉の投入に違いない。
お人好しで底抜けに明るくて馬鹿で頓馬な茉莉にヒカルがべったりになるのも計算済みで、このまま国に戻れば茉莉も巻き込まれることは必至。

(面倒だろうがなんだろうが茉莉込みで国の転覆を阻止しろってか、綱手の奴‥殺す)

木ノ葉には必要な国でもナルトにとってはどうなろうと知ったこっちゃない、国の存続は元々王の器量による。
維持出来ないならその器じゃなかったって事だ、巻き込まれる国民は憐れだが、歴史上消え去った国は多いのだから全てを助けようなんて無理な話。

それに、とナルトは顎に手を充てて眉を寄せた。
月の国はギャンブルも盛んだ、国が無くなれば綱手の逃亡先が一つ減る、万年勤労のナルトにとってみればそっちの方が利益がある。

ミチルに話を持ちかけても無駄骨の確率が高い、やはりここは現国王のカケルに話を通すべきかと思案していたナルトの顔にうっすらと影が落ちた。

視線を上げる、誰だかわかってたから振り払う事はしないが、一体何をやってるのか疑問だ。

「‥‥なにしてんだ茉莉。」

「むぎゅう、眉間に皺が寄っていますよナルト君。そんなんじゃ頭かち割れちゃうから」

ぐりぐりぐり。
ナルトの眉間の間を人差し指でぐるぐるとなぞる茉莉は、満面の笑みでナルトの顔を覗き込んだ。

虚空の姿じゃないから茉莉の方がナルトよりも若干背が高い、そんなのもあと数年だろうけど、いい気分とは言えない。

「わっ!」

得意気な顔をした茉莉の後頭部に片手を添えたナルトはそのまま力任せに引き寄せた、驚く茉莉の顔が視界に大きく映し出されて、キスをする。

普段言う事を聞かない茉莉はこんな時だけ静かで従順、初めこそはギャーギャー言ってた茉莉も最近は抵抗なんてのもない。

「んー‥‥ふふ。ナルトってヒカルにちょっと似てるデス。」

「ふん、どこがあんなガキと。」

「負けず嫌いで強がりなとことか、いろんなこと溜めこんで一人で我慢しちゃったりとか?」

「‥似てない。それよりこれ、持っとけ。」

片眉だけ器用に下げたナルトは、パチンッと指を軽く鳴らして手の中に現れた札を茉莉に渡すと背を向けて歩き出した。

「待ってよナルトー、これなあに?」

「護符。危なくなったら使え、お前を木ノ葉に帰すのは諦めたからあのガキはお前に任す。」

「おお、愛の力だね!ふうん護符かあ、えへへんお守りだあ嬉しいー」

「失くすなよ」

「あいあいさッ!んじゃ早速ヒカルのとこ行って来よー!」

返事だけは良い。

ナルトの横を通り過ぎて早足で去っていく茉莉の背を見ながら、どんどん面倒な方向へ話が流れて行ってるような気がしてならないが、角に消えた茉莉の気配をナルトは追い続けた。

クーデターの決行時期はナルトも知らない、だからこそ旅の道中から意識を集中していくべきなんだろうが‥

「ぎゃああああああ!トラがぁああ!」

(ったく、茉莉のせいで集中すらできない。)

ヒカルに覆いかかろうとしたサーベルタイガーのチャム。
咄嗟にヒカルを抱きしめたらしい茉莉はギャーギャー騒いでチャムの方が引いているような気がしてならない。
それでもヒカルは一応護衛対象だし仕方ない、とナルトが助けに入るまで0.9秒。

自覚のない次期国王にふてくされたガキと茉莉。
先が思いやられそうだと誰もが思う事だよなあと嘆息したナルトは、取り敢えず無警戒でチャムに触れようとしたヒカルにブチ切れた。



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