いつだったか…
私がまだ“藤宮咲喜”ではない頃―――
一人の神とある約束を交わした事がある。
その日はとても冷える真冬。
ちらちらと雪が降っていたっけ…
「…今日は一段と寒いな。雪でも降りそうだ」
屋根の上で白い吐息を漏らしながら小さく呟く咲喜。
毎年この季節になるとふと思い出す、
「白沢…」
何百年か前、黒蝶としての宿命を果たす時、彼女は現れた。
その時は確か…妖怪集団のくだらない欲の為に捕らわれ生け贄にされて…
死ぬはず…だったんだっけな。
ふらっと現れたと思えば何百と居た妖怪共をものの数分で死滅させてしまった。
『…大丈夫か?』
「…なんのつもりだ」
ようやく息苦しい世から消えるというのに…
『独り占めしようと思ってな』
「…そういうことか」
私が“黒蝶”だと知っているのか
なら話は早い、
「どんな願いかは興味はない、とっとと殺せ」
『…そのつもりはない』
「…は?」
独り占めと言うのはただ一対一で話がしたいという意味だと言う。
何を言っているんだコイツは。
『黒蝶…お前がどんな者かは知っている、深入りするつもりはないが・・・もう少し長生きしてみてはどうだ』
「お前に私の何がわかるっていうんだ、勝手な事ぬかすな」
腹が立つ。
『わかるさ』
無表情だがどこか挑発をしてくるようで。
怒りとは先に体が動いていた…
◇◇◇
あれからどのくらいの時間が過ぎただろうか…
気が付けば、両者互いの背中を合わせ息を切らしていて…
「お前、なかなかの腕だな」
『お主もな』
なぜか気分がよかった。
こんな気持ちは久々だ
「そういえばお前からは妖気を感じないな、人間…って感じもしないが…」
最初会った時に感じていた不思議な雰囲気が気になり問うてみた。
『私は神獣、白沢』
ちょっとした神だ。
そう彼女は言うが…
「…ちょっとどころの神ではないだろう、嘘つけ」
雰囲気でそのくらいわかる。
そんな淡々とした会話をすれば両者無言になり、暫く間が空いた。
『…黒蝶、お主…願いはないか?』
「…願い?」
あの時突然言い出したお前の言葉…
馬鹿か、と突っ込んでやろうかとも思ったんだがな。
「…そうだな、この世を上から見下ろしておもいっきり恨みを叫んでやりたいな」
『なんだそれは』
「む、願いを言ってみろと言ったのはお前ではないか、これが私の願いだぞ」
『…そうか、ならその願い、必ず叶えてみせよう。だがまだその時ではない』
「…」
そういうとスッと立ち上がり、
『私達はまた必ず巡り合う、だからその時まで…全てを諦めるな』
「!!」
一瞬で彼女の気配が無くなり後ろを振り向いたが、すでにその場から消えていた。
面白い。
「…いいだろう、また会おうじゃないか」
◇◇◇
そんな“約束”をしてから何度か転生を繰り返し、そして今。
「まだ、その時ではないのか?」
“その場”に居るはずもない彼女へ問いかける。
勿論返事はない。
だって今屋根の上に居るのは私だけなのだから…
『…その時が、なんだって?』
「!?」
背後から聞こえた懐かしい声に驚き振り返る。
其処に居たのは…
「白沢…なのか?」
あの時とは大分違う姿…
確か白銀の髪だったような…
咲喜の前に現れたのは声こそ同じものの桜色の髪を靡かせた…
『この姿は初めてだな、今は人間の姿だ』
時代が経つにつれ何かと不便でな、と小さく苦笑いを浮かべる。
「・・・そうか」
『どうだ、あの日から今までで何か変わったか?』
座っていた咲喜の横に腰を下ろす白沢。
「…決して良いものではなかったよ。だが今は…守りたい者が出来た」
『成程、ちゃんと私の約束を守ってくれたんだな』
「なっ、べ、別に私は…!!」
な、なんか恥ずかしいではないか…!
『なら今度は私が約束を果たす番だ』
すると白沢の周りを赤い煙が包みその中から現れたのは獣の姿をした白沢。
「それがお前の本当の姿か。まさに神の獣だな」
『まあ乗れ』
ひょいっと跨ると空中を蹴り上げ駆け上がれば、あっと言う間に家々が米粒程になってしまった。
「町がこんなに小さかったなんてな」
至って冷静な態度だが内心はかなりわくわくしていた。
それと同時に、白沢が羨ましくも思えて…
「お前はいつもこんな景色を見ているのか、いいもんだな」
『いや、いつもはちゃんと己の足で地を踏みしめてるよ』
人と同じ目線でいたいんでな。
「はっ、お前らしいな…それじゃ、言わせてもらおうか」
何百年越しの願い……
すぅーーーーっと大きく深呼吸をする咲喜。
「―――――私は負けない!!!
何度生まれ変わろうと私は私だ!!
黒蝶の宿命にとことん抗ってやる!!
いつか絶対自由を手にして…
――――――幸せになってやるからなーーー!!!」
「あと・・・・仙狸はいちいち私の行くところについて来るなーーー!!
それからぬらっ…」
『どうした?』
さっきの勢いはどこにいったのやら、急に黙りこんだ咲喜。
「いや、やっぱいい」
名前を呼んだら返事が返ってきそうな気がした。
まぁ、そんな事あるわけないのだが…
奴の事は心の中で叫ぶとしよう。
『・・・満足か?』
「ああ、すっきりした。もう少しこの景色を見ていたいんだが」
『せっかくの再会なんだ、気かすむまで付き合うよ』
…随分楽しそうに叫んでいたな。
そんな事を思いながら何処までも続く空を駆けていくのであった…
「…ありがとう、白沢」
今日というこの日を…
忘れはしない―――。
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