「狂い咲きか」


冬、咲き誇る白い夏椿を前にぽつりと咲喜が呟いた。
十を迎えたばかりのまだ幼い少女の傍らには黒猫がいて、雪の積もる沙羅荘へとふたりして入っていく。
京の山奥にあるそこは森閑としていていつも咲喜たち以外の気配はない。

しかし今日は些か違うようだった。


「‥仙狸」

「何か来る」


嗅いだことの無い匂い、聞いたことの無い音に仙狸は小さな耳をピクリと動かす。
ひらひらと室内に入ってくる椿の花弁。
辿る様に中庭へ向かえば雪が渦を巻くように舞い、その中心には緋袴を身に着けた黒髪の巫女がいた。


「‥‥人間‥か?」


疑問符を付けたくなるような不可思議な気配に眉を顰める。
人間寄りだが内に僅かな妖の影がちらつく。

黒い瞳をツ、と細めた咲喜は雪の中にゆっくりと倒れ込む巫女を見つめ、溜息を吐きつつも中庭へと降り立った。










白椿、時の螺旋








“時娜…、お前も、京都に来い”

“二十二代目当主から、直々に指名を受けてる”


現当主に呼ばれてしまえば断ることなど出来るはずもなく。
竜堂と花開院の共同戦線‥、清香さんはどうするつもりなんだろうか。

ゆら‥いつ来るのかなあ。
新幹線と電車ってどれくらい違うんだろ、逆算してゆらと同時刻に着くように浮世絵町を出てこれば良かった。
東海道本線?乗継ぎばっかりで大変だし時間もかかるのに。
上手くやれば新幹線との差額2000円以内でやれるんだよゆら。

‥違う、ゆらなら1円たりとも無駄にしないだろうな‥。


というかさっきから、

「―――っ寒!!ぅ〜〜〜〜〜」


っなんでこんなに寒いの。
横になっている体に掛物をグイっと手繰り寄せて丸まった。
静かで音が無い、さすが本家。


「おい」


最近色々あって疲れちゃったし、少しだけ休ませてもらって。


「おい」


だいたい竜二君もゆらに伝言ってだけでわざわざ来ることないのに。
‥そっか、ゆら‥連絡方法他にないのね‥。
花開院って結構ハードなんだなあ、竜堂家とはまた違う。


「‥おい!いいかげん起きろ人間もどき!」


だよね、私って四分の一妖の血が入って‥って、はあ!?


「ちょっと!それはないんじゃないんですか!!いかに花開院の者であろうとそんな呼び方‥」

「花開院‥‥、お前がその一族ならば私にはそれ相応の対価を頂きたいもんだな。勝手に入り込むなど驕慢にも程がある。」

「か、勝手に?何言って‥私は呼ばれたから来て、さっき二十七代目にも挨拶に」


ちゃんと行ったのに。の言葉は飲み込むことになった。
飛び起きて目に入った自分より幼い少女の後ろには真っ白な雪が全てを埋め尽くすように降り積もっていたから。
そしてまるで奇跡が起きたように満開に咲き誇る白椿。
大きな花がポトリと雪の中へ落ちるのを見て、開いた口を閉じてその少女の方へとやっと視線を戻す。


「‥ここ‥どこ?」

「これは面倒な事になったな、咲喜」


呆然と呟いたそれは小さな黒猫の声に掻き消された。
咲喜と呼ばれた少女が途端に眉間に皺を寄せるが自分には全く心当たりがない。

でもなんか‥ごめんなさい?





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