初めて触れた彼女の手。
刀を握り相当な腕前だと言うのに、そんな事を微塵も感じさせないほどに滑らかで柔らかい。


『どうした?牛鬼』

「‥‥‥いえ、なんでも」


そして世界がくるりと回った。













静かな時は秘密のまま










『お、ぬらりひょんはいないのか‥‥牛鬼だけ?』

「総大将は咲喜殿を呼びに行かれましたが‥」


突然声を掛けられて取り敢えず返事をする。
なぜこの人はいつも窓から入ってくるんだろう。と思わずにはいられない。
「そうか、まあいいや」と窓枠に手をかけて軽い音を立てながら部屋に入ってきた。


『あいつが来いと言うから来てやったのに、少し手間取ったのがいけなかったか‥仙狸の奴め』


やれやれと長い髪を後ろに払って腰に手を当てる。
確かにいつもいるはずのあの黒猫の姿が無い。


「仙狸殿が何か?」

『美喜が風呂に入れると言ってな、逃げ回るんで捕まえるのに苦労したんだ。で、ぬらりひょんは何の用だったんだ』

「何やら見せたいものがあるとか」

『新作の菓子かな‥‥‥』

「呼びに行かせますか?」

『いい、そのうち戻るだろ。』


待たせてもらうよ、と隣に座る。
操る言葉とは裏腹にその動作は流れるようだ。
男気のある性格は外面には出ないらしく刀を振るその姿もまるで舞の様だと総大将に聞いたのを思い出す。

鴇の最奥。
一体いつ江戸に戻るつもりなのかもう何か月も京都にいるが部屋から見える中庭の美しさは捨てがたい。
雪女や小妖怪は京都見物。
カラス天狗はやたらと京都の町の偵察に出る。
狒々は何やら酒場めぐり、ひとつ目もたまに一緒に出るようだ。

牛鬼は動かない。
総大将が留守であるならばなおさら、今ここが奴良組の本拠地になるのだから守らなければいけない。


『そういえば牛鬼とふたりというのは初めてだな。』


声を掛けられて顔を向けるが彼女もまた庭へと視線を向けていた。
そういえば彼女の住む屋敷の庭も立派なものだった。
四季を彩る庭が配置され、咲く花々がそれは美しいもので。

鴇の庭に花はない。
妖気で枯れてしまうためであるがどちらにしろ花に魅入る者など妖の中にはそうそういない。
興味があるのは力だけ、花に目を向けても意味が無いと。


『ここで静かに過ごすことが出来るなんて考えもしなかった。庭、綺麗だな。』


陽を求めて、まるでそれを掴もうかとする様に伸びる松。
置かれた石も意匠を凝らしてありその独特の模様が目を引くが、全体に這わせてある銀の砂の存在を邪魔することもなく絶妙な存在感を放つ。
音も何もない、静かな空間。
そこに咲喜の声が響いても、違和感なく溶け込んでいくのだから不思議だと牛鬼は思う。


『牛鬼は奴良組の中では父親のような役割だな、静かに見守る私の父に似てる。』

あ、姿形じゃないぞ。と付け加えるのを聞いて少し笑った。
彼女の父が純粋な人間だと言うことは承知。
尊敬しているとも聞いたことがあるだけに少し恐縮な気にもなった。


「奴良組の父は総大将ですよ」


僅か数年前の出来事に思えてならないほどに記憶が鮮明に残っている、その時の総大将の姿。
あの一言は自分にとって何よりも重い。


『あれが父?お前の方がよほど常識のある大人に見えるが』

「器が大きいんですよ総大将は‥‥咲喜殿もお分かりのはず」

『‥‥‥‥あれは図々しいと言うんだ』


ふん、と顔を背ける咲喜は軽く眉を顰めるが嫌悪感からくるものでないことはすぐにわかる。
証拠にすぐに頬が緩んだ。


『なんでもかんでも手に入れたがる。あいつは子供だ。』


その言葉に頷くことで同意する。
多くの者がそれを望むだけで終わる中、現実にしてしまう力があるのだからどうしてもそこに惹かれてしまう。
咲喜も同じ、押されても拒んで押し返して、ずっとそれを繰り返す中やはり諦めようとしないその姿についに根負けした。
子供のようなのに子供よりも厄介な、大きな魅力を持つ妖。



 prev / next



 → TOPへ


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -