「咲喜、さすがに太るぞそれは。」
「太りにくい体質なんだ。‥‥いやわからんな、なにせ「ああ太った」と言うまで生きたことが無い。」
もしかして太りやすいのかもなあ、そう言いつつも咲喜は団子を口に入れることをやめようとはしない。
咲喜は、自他共に認める甘味好きだ。
“今までの時代に甘味なんてものがあったと思うか?あったとしても高級品で手が出ない、やっと食べれる今生に食べずしてなんとする。”
ぬらりひょんが理由を問えば、至極真面目な顔で咲喜は言った。
特に過去を語ろうとしない咲喜が重いものを抱えているとは思っている、しかし無理矢理聞き出すなど無粋なことはしない。
これから知ればいい、”咲喜”の事を。
愛情の裏は
「咲喜、でぇとに行こうか」
「嫌だ。」
即答でバッサリ。
気持ちがいいくらいの返事の仕方だが、やはり望んだものではないからぬらりひょんは納得がいかない。
「‥‥‥‥それ、ちとひどくないか?」
たっぷりと間をあけてそう言えば咲喜がじとっとした横目でぬらりひょんを見た。
何やら言い分があるらしい。
「お前と出掛けると疲れる。私はごめんだ、行きたければ一人で行け。」
「それじゃ でぇとの意味がないじゃろうが!」
「お前が言うそれはそこらを歩く妖から人まで、見境なくこれでもかと言うほどに刺激することか!?」
ダン!と足を床に叩きつけて珍しくも咲喜が叫んだ。
いや別に珍しくもないか、ぬらりひょんと出会った時は近付けば刀を向け、本気の殺気を向けた。
美喜や珱姫、浅葱に対する咲喜を見ると懐に入れた者にはとことん甘い、と言うのがぬらりひょんの見解だ。
それなのに自分に関しては厳しくないだろうか。と、ぬらりひょんは思っている。
「ワシがいつそんな事をした!?」
「いつ?それを私に聞くのかこの愚鈍馬鹿!」
「わからんから聞くんじゃろうが!!」
「少しは自分で考えてみろ!百年生きててそのザマか!!」
「年など関係なかろう!」
「それだけ生きててまともに外も歩けんのかと言ってるんだ!」
「まともじゃろうが!」
「どこがだ!!ど阿呆!!」
ギャーギャーと、どちらも長く世にあるのに到底そうは見えない醜態を晒しているのに気付きもしない。
気持ちが通じ合った?
確かに事実なはずなのにこの温度差は何だ!と思えてならないぬらりひょんは止まらず、それに負けじとやはり咲喜も止まらない。
「咲喜殿‥総大将もそこまでで‥‥」
「放っておけばいい。」
ほとんど怒号に近い二人の声が空気を揺らし、宿である鴇が震えた。
背に伝う冷ややかな汗を感じつつカラス天狗が止めに入ろうとしたが、一人の声によって止められる‥いや、一匹の声に。
「仙狸殿、しかしあのままにしておくのも」
「あれはあれで‥‥、まあいいとにかく構うな。」
「いやしかし‥」
「噛むぞ」
「‥‥‥‥‥」
ペロ、と小さな舌で口元を舐める仙狸を見てカラス天狗が青ざめた。
小さな猫だからとて侮るべからず。
身を持って知った者にしてみればその一言は重い。
「なんだ総大将と姐さんまたやってんのか、毎日毎日懲りないねえ」
「犬も食わないって奴だ」
「夫婦喧嘩。仲がいい事で何より何より。」
「あれ?カラス、なんで青いの?」
「放っとけ」
ふん、と先ほどと同じ言葉を放ちながら顔を逸らす仙狸は、煩い喧嘩も終盤に近い二人を目を細めて見つめた。
「ほお?、なら今日こそワシの決意ってもんを見せてやる。」
「はん、そんなに言うならやって見せろ、どうせ前回と同じに決まってる」
「言っておくが甘味処は三軒までにしとけ」
「な、なんでそこで制限が付くんだ!」
「太って動きが鈍るぞ、妖に襲われたらどうすんだ」
「私太ったか?というか妖を惹きつけるのはむしろお前だ。」
「いやもう少し肉があっても‥、」
「黙れ変態」
「傷つくのう」
「ふん、」
お互い罵り合っていたはずが、結局は”今日はどこに行くか”の話題にすり替わる。
”やれるならやってみろ”
”上等だ”
お互い子供でもあるまいに、一体どちらが仕掛けるのか口車に乗って外に連れ立つ。
ぷりぷりと怒りながらも繋いだ手を離さないとはまあ仲が良い事で。
しかし黒蝶の傍に身を置く仙狸としてはこのまま咲喜が京妖怪に襲われるのを傍観するわけにもいかない。
”妖を刺激する”
咲喜の言ったあの一言はもっともだ。
三回に一度の割合で二人で外に出かければ妖にぶち当たる。
未だに青いカラスを置いて、窓から外に身を踊り出した仙狸はトト、と軽い足取りで屋根を渡る。
下の道を歩くのは咲喜とぬらりひょんだ。
市女傘はいつから取り去ったのか、ぬらりひょんがそばにいるからだろうか。
ゆら、と時折二人の姿が煙のように揺らいだ。
しかし咲喜の”一部”が体内にある自分にはぬらりひょんと共にいる咲喜のおかげで畏れは効かないらしい。
その姿をしかと捉え、仙狸は後を追った。
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