sample | ナノ
その日、俺は新鮮な魚を届けるために忍術学園へと赴いていた。
相変わらず学園の皆さんは親切で、久しぶりに来たのもあってつい長居をしてしまった。
帰路の途中、町にも少し使いがあったので、水軍館に着いた頃にはすっかり遅くなっていた。
とうに皆が寝静まった館の廊下で、音を立てないように慎重に寝巻きを持って風呂場へ向かう。
(◯◯はもう寝てるだろうなぁ…)
彼女の部屋を一瞥して通り過ぎる。
◯◯は俺の恋人だ。俺の一つ年下で、俺たち兵庫水軍の手伝いとして住み込みで雇われた。
普段男だらけで過ごしていたせいか、初めて◯◯に出会った時は衝撃が走ると共に胸が高鳴った。
今思えばあの瞬間から、俺は彼女に恋をしたんだと思う。
それから彼女が気になって気になってしょうがなくて、話している内に◯◯が心から優しい女の子だと分かり、俺はますます◯◯に惹かれていったのだ。
そして、なんとある日、俺は◯◯に告白されたのだ。
もちろん返事は「はい」で、俺は天にも昇る気持ちになった。
…でも出来たら男の俺から先に告白したかったな。後悔してるのはそれだけだ。
鯨捕りでは早い物勝ちだと言っておきながら、恋にはこの様だから情けない…まぁ幸せだからいいんだけど。
そうこうしている内に、風呂場の脱衣所へと辿り着いた。
再び薪を入れて湯を焚き直そうかと思ったが面倒だった。
今日はぬるま湯で入ろう…。
着物と袴と褌を脱ぐと、次に髪紐を解く。
風呂場の戸を開けようとしたが、奥の方から何か動く気配を感じて手を止めた。
(あれ……?)
誰かいるのか?
心当たりがあるとすれば、きっと航か間切辺りだろう。
夜更かしでもして風呂に入り損ねたのか。
そうと決まれば……脅かしてやろうと、茶化すように戸を開けた。
「一体誰だー?こんな時間に入っ…て……」
次の瞬間、俺は石のように固まった。
浴槽から桶で湯をすくい、今さっき身体にかけようとしていたであろう濡れた裸の女性。
……裸の、女性。
「………」
「し、重さん……!?」
「……◯◯!?」
大声をあげようとしたが、俺は混乱しながらも咄嗟に掌で口を塞いだ。
今は深夜、というのも勿論だったが。
二人きりで◯◯と風呂場……どう考えてもこの状況は見つかったらやばい。
◯◯も同じだったらしく、真っ赤になって俺を見ながら必死に唇を噛んでいた。
「な、なんで……重さんが…っ?」
「◯◯こそなんで…」
「や、ちょ…あ、あっち向いてください…!」
「へ?……おわぁあ!?」
小声で叫ぶと自分のあられもない姿に気付いて慌てて背を向けて戸を閉めた。
…一応、◯◯とはそうゆう事もしてるはずなんだけど、まだまだ初心な反応に男として嬉しくなった。
少し時間が経って落ち着いたのか、戸の向こうで◯◯の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「ごめんなさい重さん、急に…」
「いや、俺の方こそごめん。◯◯がこんな時間に珍しいな…」
「つい本に夢中になっちゃったんです。それで……」
「なるほど。…俺は帰るのが遅くなった」
「そうだったんですね。…来たのが重さんで良かったです」
「本当だよ……」
他の男が◯◯の裸を見るなんて耐えられない。
とにかく、お互いの事情が分かりほっとした。
…さて、この後どうしたものか。
部屋に帰るべき、なんだけど。
「……一緒に入ったらだめ?」
「え…!?」
「いやぁ、俺もう裸だし寒いし一刻も早く風呂入らないと風邪引くかもなー…」
勿論冗談だ。
水練はちょっとやそっとじゃ風邪など引くはずもないのだが、流石にこれはわざと過ぎたか。
色々と惜しいけれど、せっかく先に◯◯が風呂に入ってたんだ。潔く身を引こう。
冗談でした!とおちゃらけて去ろうとしたが。
「なーんてね!◯◯だけゆっくり入っ…」
「…いいですよ」
「そりゃそうだよね一緒に入……えぇえ!?」
まさかの返答に吃驚して声を上げた。
一緒に入る。とは。
……つまりそうゆう事で。
自分から誘ったくせに、顔が真っ赤になる。
「え、あの、◯◯、本当にいいんデスカ……?」
「だって重さん、そのままじゃ風邪引きます……」
「いやさっきのは…」
声音から本当に◯◯が心配しているのが分かり、俺はさっき放った軽はずみな言葉に少し心が痛んだ。
でも、◯◯と一緒に風呂、ってのは。
…正直めちゃくちゃ嬉しい。
風呂場の戸がゆっくりと開くと、◯◯の細い手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。
「一緒に入りましょう……?」
◯◯も意味が分かっているのか、頬を染めて言ったものだから、早速俺の理性が揺らいでしまった。
あ、もう、だめかも知れない……。
佇む濡れた彼女をこちらに振り向かせると、俺は無我夢中で唇を重ねた。
2020/10/22
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