sample | ナノ
「◯◯ー!これ今日の晩御飯にどう?」
水軍館の炊事場で調理中。重さんが大量のアジが入った網を片手に入ってきた。
海帰りのため、少し濡れた髪…と、相変わらず鍛えられた逞しい上半身に少しどきりとする。
「わぁ、ありがとうございます重さん…!」
「じゃあここに置いとくから……っと」
「あ、処理なら私がしますから…」
「いいってこれくらい!◯◯はその味噌汁完成させちゃってよ」
「そうですか?じゃあお願いしちゃいますねっ」
「任せといて」
桶に海水を入れるとそこに大量のアジを入れていく重さん。
だしの香りが漂う鍋をかき混ぜながら一瞥すると、楽しそうにアジを捌く重さんの姿が見えた。
兵庫水軍のお手伝いとして雇われた私。その時に私は水練の重さんと出会った。
重さんは私より一つ歳上で、第一印象は爽やかなお兄さんって感じだった。
他の水軍の皆さんも優しく接してくれたけど、その中でも重さんは特に優しく接してくれた。
そのためか、意識するのにそう時間はかからなかった。
そんな日々の中、とうとう私はこの想いを抑えきれず、重さんに気持ちを告げた。
するとどうなったか……重さんは、なんと私の気持ちを受け入れてくれたのだ。
『俺も前から◯◯の事が好きだった』と。
夢を見てるんじゃないかと思った。
それ以来、私と重さんは恋人同士となった。
ここ最近、重さんの水練としての仕事が忙しいから、中々ゆっくりできないけど…。
こうやって、仕事の合間に話せるだけでも私は充分幸せだった。
「◯◯、仕込み終わったから」
「!、ありがとうございます…」
とうとう時間が過ぎてしまった。
きっとこの後、重さんは海上の見回りに行ってしまう……少し寂しいけれど、見送らなくちゃ。
そう思って、振り向かず手を動かしていたら。
「…………」
「…?」
じ、と見つめてくる重さんの視線を気づいた。首を傾げる。
「重さん…?」
「◯◯」
そっと背中から抱きしめられて、顔が熱くなる。
…頭の中が真っ白になった。
動かしていた手を止めて、重さんと向き合う。
「あの、重さん…っ?」
「なんか寂しそうだったから…」
「!」
気づかれないようにしてた、のに。
切なげな目で覗かれて、私は言葉が詰まる。
重さんは、よく人の事を見てると思う。
だから私以外の人にも優しくできるし、自分自身を向上できるし。
…そんな彼にも私は惹かれたのだ。
「ごめん。あんまり一緒にいてあげられなくて…」
「私は…大丈夫です。それに重さん、いつもこうやって手伝ってくれるじゃないですか。それだけでも嬉しいです」
「そうなの?だけど……
…俺は寂しいよ」
「っ!」
その言葉を聞いて、ずっと抑えていた気持ちが溢れそうになる。
あ、どうしよう、凄く嬉しい…。
重さんも、私と同じ想いだった事に。
「…すみません。大丈夫、なんて嘘です…」
「?」
「本当は……寂しかったです」
「!」
勇気を出して告白すると、ぎゅっと重さんの回してる腕が強まった気がした。
耳に、重さんの心臓の鼓動が響く。
「…次の休みは、◯◯の好きなところに沢山行こう」
「はい。でも重さんの行きたいところも教えてくださいね…?」
「俺はいいんだって。◯◯が喜んでくれるなら」
「私だって重さんに喜んでもらいたいんですよ…?」
「ははっ、じゃあ…そうしようかな」
「ふふ」
「……」
「……」
甘い感情に浸ってると、私の頬に重さんの掌が伸びた。
触れた瞬間、心臓がどくんと跳ねる。
どちらともなく視線が合うと、重さんの唇が私の唇に触れた。
「…ん………」
啄ばむような口付けが繰り返されて、離れるとまた口を塞がれる。
初めは軽かったのに、段々と深くなっていく。
「…っ、は……っ」
歯列をなぞる様に舌を入れられ、息が続かなくなった。
これ以上は……と思い、胸をやんわり抑えたら逆に火がついてしまったのか。
重さんは止めるどころか私の腿に掌を這わしてきた。
「!?」
「◯◯…」
とろんと熱を込めた目に、うっかり流されそうになるけど思いとどまる。
まだ、昼間だし。それにここは炊事場で……。
いつ、誰が来るかわからないのに…!
「し、重さん……っ」
「好きだよ、◯◯…」
「…っ」
耳元で囁かれて、身体が震えた。
ダメってわかってるのに……。
一瞬、流されそうになった、その時。
「…ごほん!」
突如、聞こえてきた咳払いに、全身が硬直した。
この声は……顔を上げると青ざめてる重さんの横顔が見えて、視線を辿ると張本人がいた。
「み、舳丸の兄貴……?」
「何をやってる重」
物凄い威圧感。と同時に、私は身体中の体温が上がった。
だって、どう考えたって……。
見られた…!
「あ、兄貴、いつからそこに……?」
「……『なんか寂しそうだったから…』辺りから」
「ほぼ、全部じゃないですか…!!」
「す、すみません…!」
「◯◯さんはいいです。…こっちに来い重」
「いだだだだだだだだ!!耳引っ張らないで兄貴っ…いだー!?」
重さんは引きずられていくと去り際、私に向かってニッと笑った。
案の定それも舳丸さんに見つかってしまい、更に引っ張られて悲鳴を上げていくと姿が見えなくなった。
…先程のことを思い出して今度は顔に熱が集まる。
「〜〜〜っ!」
耐えきれずそのままずるずると座り込んだ。
舳丸さんの事だから、多分吹聴したりはしないだろうけど……それでも恥ずかしい。
私、勤務中になんて事をしてしまったんだろう……でも。
久々に、重さんと触れ合えて嬉しかった自分もいた。
「お前は何を考えてる…?」
「す、すみません…つい出来心で…」
「……次からは場所を考えろ」
「!、み、舳丸の兄貴…!!ありがとうござ…いっだー!?」
「これで勘弁してやる」
20/09/28
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