sample | ナノ
「えへへ、◯◯ちゃん早く来てくれないかなぁ」
「あんまり危ないとこには行くなよ。◯◯さんはお前と違ってこの辺り慣れてないんだから」
「わかってるって!…あ、そういやあそこの貝殻キレイなのたくさんあるから、◯◯ちゃん喜ぶかも」
「あの場所か……確かにいいな」
「じゃあ今日はそこに連れていく!」
あれから数ヶ月。
水軍館の前の海辺で、破損した魚網を航と編み直しながらそんな会話をしていた。
今日は水軍から離れられない航に代わって、◯◯さんが俺たちの海へ遊びに来てくれる事になった。
航はというと恋人が自分のために来るのもあってか朝っぱらこの調子だった。頼むからニヤニヤしながら網を編むな…。
「おーい、航ー!」
船の上にいるお頭の呼び声が聞こえると航は大声で答えた。
「なんですかお頭ー!?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあるから来てくれないか?」
「わかりました!東南風、◯◯ちゃんが来たら教えてくれな」
「おぅ」
見送ると作業に戻る。暫くしてから背後から人の気配がした。
豪快な水軍の男達と違い控えめな足音。振り向かなくても誰だがわかる。
「東南風さん!こんにちは」
「◯◯さん。こんにちは」
見慣れた顔に頬が綻ぶ。
航を通して俺と◯◯さんは今となっては仲の良い友人同士になった。
「あの、航さんはいらっしゃいますか…?」
「航ならさっきお頭に……ほらあそこ」
船の上を指差すと航は木材を運んでいた。
俺にとっては見慣れた光景だが、◯◯さんの目には自分の恋人が輝いて見えるらしい。頬を染めながら呟いた。
「航さん、かっこいい……」
「◯◯さん、気持ちがだだ漏れてます」
「え…?あ……!」
慌てて口元を抑えると◯◯さんは更に顔を真っ赤にした。あわあわしながら俺に言う。
「あの、さっきのは内緒で…っ」
「伝えたらいいじゃないですか。喜びますよあいつ」
「…恥ずかしいです」
告白の時に口付けはしたのに…と思ったが、あの時見守っていたなんて口が裂けても言えなかった。
こんな風に思ってくれるなんてな……航は幸せ者だな。
「◯◯ちゃんじゃないか。今日も可愛いね。こんにちは」
「兄貴!◯◯さんは航の彼女なんですから……お久しぶりです◯◯さんっ」
息をするように女性を口説く義丸の兄貴とそれを叱る重が現れた。
「重さんこんにちは!あなたは………あ、確か義丸さんですよね!こんにちは」
「あれ、もしかして俺のこと忘れてた…?」
「義丸の兄貴を覚えられない女性がいるなんて……」
信じられないものを見る眼差しで重は驚いていたが俺は別に何とも思わなかった。◯◯さんにとっての色男は航だからな。当たり前だが。
四人で話していると航は船上の仕事が終わったのか帰ってきた。
側にいる義丸の兄貴を見て眉間に皺を寄せる。
「あー義丸の兄貴!いくら兄貴でも◯◯ちゃんに手ぇ出したら許しませんからね…!」
「大丈夫だよ航。完敗だから」
「あはは……じゃ、じゃあ俺たちはまだ仕事ありますんで!今日はゆっくりしていってくださいね◯◯さん」
「ありがとうございます重さん」
若干落ち込んでる義丸の兄貴を連れて重も持ち場に帰っていった。
航は◯◯さんを見るなりパァと笑顔になる。
「◯◯ちゃん!来てくれたんだ」
「航さん…!」
抱きしめ合う甘い二人を横目に俺は何事もなかったかのように仕事をする。
初めは目のやり場に困っていたがもはや恒例行事で慣れてしまった。
仲良いのはいい事だが他所でやってほしい…。
「おーい、お二人さーん…」
「あ、あれ、東南風いたっけ!?」
「沈めるぞ。さっさと二人で貝殻ある浜行ってこいよ」
「あぁそうだった…!◯◯ちゃん、凄く綺麗な貝殻がたくさんある浜があるんだ。今日はそこに一緒に行こう」
「そうなんですか?楽しみですっ」
「じゃあ東南風行ってくるなっ。あとはよろしく」
「失礼します」
「あぁ、楽しんでこい」
早速二人は手を繋ぐと微笑みあいながら歩き出した。
途中何人かの仲間に彼女を自慢しまくる航にハァと溜息をつく。あれじゃあ先が思いやられる。
……先、か。
「…その時は盛大に祝うからな、航」
あの二人が夫婦になる日も近いかも知れない。
自然と緩む口元を抑えながら、完成した魚網を担いで俺はお頭の元へ歩いていった。
20/09/19
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