sample | ナノ
「ふぅ、これでよし……と」
全員分の洗濯を干し終えて、私は籠を元の場所へと戻すと一息ついた。
大方水軍館の家事は終わったし、少し休憩しようと廊下を歩いていたら、
東南風さんの部屋から、航さんの元気な声が聞こえてきた。
「かっこ良く切ってくれよな、東南風!」
「そのツラで無茶を言うな」
「さらっと酷くね…?」
「なるべく動くなよ。手元が狂うから」
「へーい…」
会話の内容から、もしかして……と思った。
「東南風さん、航さん、入っていいですか?」
「あ、◯◯ちゃんだ!いいよー!」
「どうぞ」
二人の了承を得て部屋に入ると、私の想像通りの光景がそこに広がっていた。
航さんの下ろした髪を触りながら、鋏を手にする東南風さんが居て…、
これから航さんの散髪をしようとするところだった。
「やっぱり。髪切るんですね、航さん」
「だいぶ伸びたしさー、この通り!」
「お前はほったらかし過ぎなんだよ」
「いたっ、だってよー…」
軽い拳骨をお見舞いされた航さんは唇を尖らせる。
私も、そろそろ髪を切った方がいいんじゃ……と思っていたからちょうど良かった。東南風さんが切ってくれるなら。
「俺たち海の男が長髪なのは、海で何かあった時に引っ張り上げやすくするためだろ?」
「だからと言ってこんなに伸ばしたら今度は前が見えねぇだろ」
「う…あはは」
「私、見ててもいいですか?」
「うん?いいよ!」
「はい、すぐ終わりますが」
暇になった事もあり、私は航さんの散髪を眺める事にした。
言った通り、慣れた手つきで東南風さんは、鋏を軽快に鳴らしながら髪を切っていく。
(東南風さん、切るの上手だなぁ…)
後ろ髪は伸びた毛先分だけ、前髪は目の上まで切ると、あっという間に散髪は終了した。
「おー、なんか軽くなった!ありがとう東南風!」
「細かいのが落ちるから。あとで風呂に行けよ」
「わかった!」
箒で航さんの切り落とした髪を集めていく東南風さんを傍に、航さんは機嫌よく私の前に来た。
「ねぇ、◯◯ちゃん◯◯ちゃんっ、俺かっこいい?」
「はい、かっこいいですよ」
笑顔で伝えると、航さんは嬉しそうにパッと顔を輝やかせた。
「えへへ、◯◯ちゃんに言われるのが一番嬉しい〜!」
「無理矢理言わせた癖に何言ってんだ」
「うるせえよ!」
「私も切ってもらおうかなぁ…」
ふと自分の前髪を掴み、邪魔になる前にそうしようかなと思った。
私の呟いた言葉に航さんは「え…」と声を漏らす。
「俺で良ければ切りますよ」
「本当ですか?じゃあお願いしますっ」
「じゃあ、こっちに座…」
促される前に、後ろからムスッとした航さんに抱きしめられた。
驚いたと同時に、東南風さんは呆れた顔になる。
「何してんだお前」
「なんか……嫌だ」
「え?」
「他の男に、◯◯ちゃんの髪を触らせるのが…!」
「航さん、私も髪をすっきりさせたいんですが…」
「わかった。東南風頼む」
「切り替え早すぎだろ!」
あっさり受け入れた事に東南風さんが突っ込むと、早速床に座り込む私。
横で航さんにじっと見つめられ、東南風さんは複雑な表情ながらも器用に私の前髪を切っていく。
見ての通り毛量が少ないので、私の散髪もすぐに終わってしまった。
「ありがとうございます。東南風さんっ」
「あとで鏡を見て、気に入らなかったらいつでも言ってください」
「そんな…航さんのがここまで上手なら大丈夫ですよ」
視界良好になり、きっと東南風さんの腕なら綺麗に切れたであろう前髪に満足する。
「◯◯ちゃん、可愛い〜!」
「ふふ、前髪切っただけですよ?」
「イチャつくなら他のところでやってくれねぇか…」
「ありがとな東南風!お礼に俺も切っ…!」
「それはいい」
即答する辺り、航さんは不器用なんだなと悟った。
そういえば、東南風さんの髪は誰に切ってもらってるんだろう…。
「俺は蜉蝣の兄貴に切ってもらうから」
水軍一サラサラストレートヘアな蜉蝣さんの名前が出て、なるほどなと納得してしまった。
(◯◯ちゃん、髪伸びてきたね)
(あ、そうですね…そろそろ切りたいです)
(じゃあ俺が切っ…!)
(それはいいです)
(なんで!?)
21/09/27
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