sample | ナノ
「東南風ー!一緒に泳ごうぜ!」
「おう、何処に行く?」
即答してくれた相棒に、嬉しくてニカッと笑うと、俺は東南風を連れていつもの沖へと行く事にした。
今日は数ヶ月に一度あるかないかの、兵庫水軍休暇の日。
みんな朝から各々と自由に過ごし、もちろん俺もその中の一人だ。
ので、部屋で寛いでいた東南風に声をかけると、付き合ってくれた。
沖の岩場まで泳いで辿り着くと、早速俺は向こうを指差した。
「あの岩場まで競走しようぜ!」
「ふっ、勝てるのか?俺に…」
「今度こそ、絶対に負けねぇからな…!」
よーいと合図をすると、東南風の目が真剣になり俺も前を見据える。
なるべく肺に酸素を取り込むと、二人して海に飛び込んだ。
全力で泳いでるのに、少しずつ差が開いていき、
あっという間に、手をついた頃には、勝負がついた。
「はぁ、はぁ…ッ。…うっ、そだろ、おい……っ」
「よく頑張ったな。ほら、ご褒美のわかめだ」
「いらねーよ!何の嫌がらせ!?」
そこら辺に漂っていた適当なわかめを渡されて、突っ込むと東南風はくくっと笑った。
腹立つな…と、思いつつ、
やっぱり、東南風はすげぇなと尊敬した。
「ちっくしょうっ。俺はいつになったら東南風に勝てんのかな…」
「俺も一応兄貴だからな。負けてられん」
「次こそは絶対に勝つからな…!」
「………航」
「な、なんだよ…?」
「何百回目だ」
「やかましいわ!」
間を置いて、それか!
冷静に返されて、俺も負けじと言い返す。色んな意味で。
呼吸が整い始めて落ち着いたのか、俺は改めて、立派な東南風の身体を見た。
「あれからどれだけ鍛えてるんだよ…上半身がバキバキし過ぎだろ」
「お前も似たようなものだろ」
「俺は顔に自信ねぇから。身体で伝えるしかねぇんだよ…!」
「色々と誤解を招くからやめろ」
何が誤解を与える言葉か分かって、少しだけ頬が熱くなる。
…そういう意味で言ったんじゃねぇ!
のに、突然東南風は「…そろそろ帰る」と一言だけ言って背中を向けた。
え、もしかしてさっきの台詞のせい……な訳ないか。
まだまだ遊び足りなかった俺は、少し拗ねるように呼び止める。
「えー、なんだよ急に。つれないなぁ」
「これから用があるんだよ」
「逢引きデスカァー?」
「あほか」
「いてっ」
にやにやと茶化して言うと、今度は顔面にわかめを投げつけられた。
…今日の東南風はわかめ好きだな。
付いたわかめを、ムスッとしながら摘むと、海に投げ捨てる。
「というか。……悪いかよ」
「え」
意味深に頬を染めて、視線を逸らした東南風。
…この反応はもしや。
「!?!、ちょ、おま、いつの間に…!?」
「半年前」
「結構経ってるな!?そ、そんな気配感じなかった…」
普段、東南風は寡黙であまり表情を崩さないから、色々と気づきにくい奴だった。
思い返してみると、そういや頻繁に館を留守にしていたり、姿が見えない事が多かったような、外に出ていたような……気がする。
よく一緒にいたのに、何で気づかなかったんだ俺。
東南風が隠すのが上手いのもあっただろうけど、俺が鈍感過ぎるだけなのか…。
「そっかぁ………えへへっ」
「何笑ってるんだよ」
「嬉しいんだよ!まぁ楽しんでこいっ!」
背中をバシバシ叩くと、珍しく仕返ししてこなかったので、顔を覗くと、
「…ありがとな」
「!、お、おう…!」
赤い顔のまま礼を言われ、嬉しさに浸ってると、まさかの不意打ちを食らってしまった。
「お前、人の事もいいが自分も頑張れよ?…今日だって、まだ◯◯さんに話しかけてないんだから」
「!!、なっ…!?」
俺の想い人である、◯◯ちゃんの事を振られてしまい、動揺を隠せない。
「バレバレなんだよ。お前はわかりやす過ぎだ」
「な、なんでお前とこうも違うんだ……」
「そうゆうところだ。…じゃあ、」
『俺は行くからな』と言い残すと、東南風は浜に向かって泳ぎ初めてしまった。一人取り残される俺。
水軍館にいるであろう、◯◯ちゃんの事を想う。
(先に東南風のところに、行ってしまう辺りがなぁ……)
勇気を出せば、真っ先に彼女に声をかけられたはずなのに……そうしなかった自分に嫌気が差す。
最後に、楽しく◯◯ちゃんと話せたのは、一緒に魚釣りをした時か…。
丁度その鍾乳洞が、近くにある。
(……確か、海底から行けたな)
なるべく近くまで泳いでいくと、思いっきり息を吸い込んで潜ってみる。
暫く深く突き進んで行くと、大きな穴を見つけた。
俺の肺活量を考えたら……余裕だな。
(◯◯ちゃん……)
穴の中を進みながら、彼女の事ばかり考える。
別に、そこに◯◯ちゃんがいるはずもないのに、なんとなく……もう一度行ってみようと思って。
だって此処は、俺と◯◯ちゃんだけしか知らない場所だから。
…まさか、その言葉の通り、あんな事になるなんて。
この時の俺は、知る由もなかった。
2021/09/04
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