sample | ナノ
「がっかりして〜メソメソして〜どうしたんだい〜♪」
鼻歌混じりにお馴染みの歌を歌いながら、水軍館の近くの山にやって来た。
今日の夕食当番が俺で、兄貴達が突然『たまには山の幸が食いてぇな!』なんて言い出したものだから、一瞬頭を抱えたが調理が楽な上にすぐ採取出来るきのこ鍋にする事にした。というわけできのこ狩りだ。
当たり前だが毒の入ってないきのこを見分けていき、大分背中の籠の中に収まってきた。
この量なら、兄貴達も俺達の腹も満たされるだろう。
そろそろ帰って、準備するか…。
と、足を返そうとした時だった。
「次はいつ会えますか?東南風さん…」
「そうだな…」
!?
俺は咄嗟に木の影に身を隠した。
東南風だ。
と、あの女の子は……?
「七日後だな」
「わかりました。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
「こちらこそ。…送ってやれなくてすまない」
「いいえ。私が勝手に来ましたから」
…もしかして、東南風の彼女か!?
は、初めて見た……そうかあの子が。
まさかの逢引きの瞬間に立ち合ってしまい、俺はどうしたもんかと悩んだ。
今すぐ去るべき、だとは分かってるけど…。
(…聞いたことねぇ声………)
俺や仲間達に話しかけるのとは違い、何時もと違って柔らかくて穏やかな声に聞き入ってしまう。
好きな女の子の前では、あんな風になるのか東南風…。
相棒の新しい一面を知って、嬉しくなる。
と、同時に、普段からあれくらい俺にも優しく接してくれよ……と思った。いや基本東南風は優しいけどさ。
前に一緒に泳いだ時、袴に蛸を入れる悪戯をしたら、めちゃくちゃ怒鳴ってきて怖かったし…。
って、これはどう考えても俺が悪い。
「それじゃあ、失礼します」
帰るみたいだ。
東南風の彼女さん、少しだけ寂しそうだな…。
東南風の事が大好きなんだろうなぁと、表情から伝わり口元が綻んでいたら…
「◯◯」
東南風が、彼女を背後から抱きしめた。
「!、東南風さん……?」
二人の周りにほわほわとした雰囲気が漂う。
え、なんだこれ、俺までなんだかドキドキしてきたぞ…。
「あ、あの……?」
「悪い。…嫌か?」
「…そんな訳、ないです」
彼女さんは東南風の手を取ると、名残惜しそうに瞼を伏せる。
二人は顔を合わせると、引き寄せられるようにゆっくりと近づいていく。
あ、これは…。
流石にまずいと思い、立ち上がろうとしたら枝を踏みつけパキンと音が響いた。
「「!?」」
や、やべえ…!!
咄嗟の事に対処できなく、更に不運が続いて…
慌てたせいか、籠に入っていたキノコが何個か溢れ落ちて、存在がバレてしまった。
眼の前に突然現れた俺を見て、固まる東南風と彼女さん。
「「…………」」
「…あ……ド、ドーモ…!」
何が、どうもだ!全然どうもされたくねぇよ!?
いくら鈍感な俺でも、この状況は駄目だと分かった。
せっかくの逢引きを邪魔したのだから…。
「航、お前…………」
「きょ、今日の晩飯きのこ鍋にしようと思ってさぁ…!えっと…◯◯さん?かなっ。初めまして!俺、東南風の同僚の航っていいます…!」
「は、初めまして………っ」
真っ赤な顔で俯いた◯◯さんを見て俺は心が痛んだ。
こんな形で自己紹介してすみません…。
「そ、それじゃあ東南風さん。七日後に………し、失礼します…!」
「!、◯◯…!」
俺のせいで◯◯さんは走り去ってしまった。
東南風はくるりと俺の方に向くと、スタスタと近づいてきて、両頬を痛いぐらいに掴んできた。
「い゛だだだだだだッ!?!」
「お・ま・え・は…!!」
「ごめん!!でもわざとじゃないんだよ〜!!」
「…だろうな」
諦めたように手を離すと溜息をついた東南風。
赤くなった頬を摩りながら、あっさり解放された事に拍子抜けしてしまう。
「も、もう怒らねぇの…?」
「わざとじゃないんだろ」
俺の事を知り尽くしてるのか、きっぱり言い放った東南風に頬が緩んだ。
「えへへ、ありがとう東南風っ」
「ほらよ、落ちてたきのこ」
「あ、忘れてたっ。………◯◯さんってさぁ」
「?」
「可愛いな!」
「………ありがとな」
彼女を褒められて、嬉しそうに返事を返してくれた東南風。
次会う時は、もちろん……あんな形じゃなくて。
二人の事を、色々聞いてみようと思った。
2021/09/04
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