sample | ナノ
「わ、私今すぐ上がります…っ」
「あ、待って!俺が上がるから」
「え?」
器用に目を瞑ったまま、航さんはジャブジャブと海面を鳴らして私を横切ると、岩場の影に潜んだ。
「ぜ、絶対見ないようにするからさっ。◯◯ちゃん、まだ泳ぎ足りないでしょ?俺もいるし思う存分楽しみなよ」
た、楽しみなよ、と言われても…。
さっきの様子から見ても、航さんは覗きとかしないだろう。
…けど。
「…すみません。やっぱり、恥ずかしいので上がります…」
「!、そ、そっか……」
腕で前を隠しながら、一歩ずつ海から上がる。
すぐ岩場の向こうに、航さんがいると思うと……全身が熱くなる。
すっかり冷え切った身体を手拭いで拭いてから、着物を着ると航さんの前に出た。
「…お待たせしました」
「っ、う、うん。本当に良かったの…?」
「は、はい……」
なんだろう、この気まずさ…。
お互い目も合わせられず顔を赤くしたまま、ふと私は気づいた。
「航さんこそ、楽しまなくて良かったんですか?ごめんなさい、私がいてしまったせいで…」
「い、いや、俺むしろ、◯◯ちゃんがいて嬉しかったっていうか…!」
「え?」
…どういう意味なんだろう。
あんな状況だったのもあり、私が頭の中で答えを探していると。
「だってここ、俺と◯◯ちゃんだけしか知らないし……」
その言葉を思い出して、少しずつ私の中で何かが芽生えていく。
彼が、私だけにしか、教えなかった理由。
…なんで、こんなにも期待してしまうんだろう。
この感情を自覚したのは…。
もう少し、先の事だった。
2021/09/04
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