sample | ナノ
いつもの学校。
いつもの風景。
いつもの行きと帰り道。
だけど今日は、街中も学校も、そこかしこと何処か色めきだっていた。それはそのはずだ。
今日はなんといっても、特別な日。
2月14日。
そう、バレンタインデー…!
…の、はずなんだけど。
「それでね、重くんったら、何を思ったのか走り出しちゃって…」
「はは、あいつらしいな〜」
「ふふ、でしょ?あとはね…」
手を繋いで、もう何度歩いたかわからない帰り道を、◯◯ちゃんと一緒に歩く。
さっきから◯◯ちゃんは、同じクラスメイトで、俺の幼馴染でもある重の話を延々と楽しそうに続けている。
何で俺は◯◯ちゃんとクラスが別になってしまったんだろうか…。
重が羨ましい、と同時に、彼女の口から「重」と名前が出る度にモヤモヤする。
(確かに幼馴染だし、仲はいいけどさぁ……)
だから◯◯ちゃんも安心してこんなに話すんだろうけど。
もうそろそろ、限界だ。
…◯◯ちゃんの彼氏は、俺なんだし。
「それでね重くん、また…」
「…◯◯ちゃん」
「ん?」
「重重言い過ぎ」
「え?」
唇を尖らせて拗ねると、◯◯ちゃんは「ぁ…」と声を漏らす。
そうですよー、航くんは嫉妬したんですよーと、わかりやすいぐらい頬を膨らませてみる。
「ごめんね。航くんが一番好きだよ?」
「…本当に?」
「うん、本当」
「ほんとに本当…?」
「うん。航くんが、一番大好き」
「〜〜ッ!」
完全にやられた。
満面のはにかんだ笑顔で「大好き」と言われ、顔が熱くなる。
というか、大好きなら、何で…。
(そう思ってるなら、何でチョコレートくれないんだよ〜〜!?)
ずっと朝からそわそわしていた。
他のダチや重も、次から次へと女子やら彼女にチョコレートを貰われていく中。
次は俺の番だ!と意気込んでいたが。
なのに、昼休みになっても、だったし…。
そしてあっという間に放課後。未だにチョコレートが貰える気配がない。
俺の勘違いだったんだろうかと思い、念のためこっそりスマホの日付を確認してみたら、間違いなく2月14日だ。
うん、合ってるよな…。
あの先の角を曲がると、もうすぐ◯◯ちゃんの家だ。
(忘れてる?のかな……でも女子があれだけ騒いでたのにそんな事って……。
い、いっそのこと聞くか?でもなんかやらしいし…)
ぐるぐると頭の中で悩んでる内に、◯◯ちゃんの家の前に辿り着く。
繋いでいた手が離れると、◯◯ちゃんは俺と向き合った。
「そうだ。…航くん」
「え?」
ガサゴソと鞄の中をあさり始めた◯◯ちゃん。
え、あの、もしや、
もしかして……。
「借りてた教科書、返すね」
「!!、あ、あぁ、そんなの次の授業まで良かったのに…!」
ですよねー!
別にバレンタインのチョコレートだなんてこれっぽっちも思ってなかったよー!?
いや嘘ですごめんなさいめちゃくちゃ期待してましたチョコレート……。
きっと、◯◯ちゃんは何か事情があるから、チョコレートを用意しなかったんだ。
うん、そうだ。そうに違いない…。
完全に諦めた俺は、いつものようにバイバイしようとしたら。
「あとこれ。チョコレート」
あぁ、とうとう悲しみのあまり、幻聴まで聴こえてきたよ……。
そうかぁ、貸してたチョコレートも返してくれるのかぁ。
チョコレートも………え?
「航くん…?」
「…………」
「えっと、その、バレンタインのチョコレート、なんだけど……?」
呆けてまったく反応しない俺に、不思議に思ったのか◯◯ちゃんが首を傾げて聞いてくる。
綺麗にラッピングされた、ピンク色のその小さな箱。
…僅かにチョコレートの香りが漂ってきて、◯◯ちゃんが俺のために用意してくれたんだと確信する。
「!?!、あ、ああああありがとう◯◯ちゃん……!」
「ふふ、フォンダンショコラ作ってみたの。口に合うといいけど」
「手作り……」
このチョコ、永久保存できるものならしたい…。
けど、一生懸命◯◯ちゃんが作ったものだから、噛み締めながら食べよう。
「遅くなってごめんね?二人きりの時に渡したくて」
そうだったんだ。
それなのに、俺は◯◯ちゃんはバレンタインデーを忘れてるんじゃないかとか、用意してないとか……自分勝手な事ばかり考えていた事に反省する。
受け取った大切なチョコレートを、潰れないように鞄の中にしまう。
「ほ、本当にありがとう!明日も…」
「…航くん」
頬を赤く染めた◯◯ちゃんが、俺の前に距離を詰めると、つま先を上げる。
それはもう、一瞬のことで。
…彼女の柔らかい唇が、俺から離れた。
「いつもありがとう、航くん」
「…………」
「…大好き」
「!?!」
耳元で、小さく囁かれた。
◯◯ちゃんは可愛いらしい口を弧に描くと、そのまま家の中に入っていった。
…呆気にとられて、その場を立ち尽くす俺。
「〜〜っ!!…はぁぁぁ……」
耐えきれなくなり口許を抑え込む。耳が熱い。
さっきの大好きとはまた違う、破壊力。
…来月のホワイトデー、何をプレゼントしたら◯◯ちゃんは喜ぶだろう。早速待ち遠しい。
よし、重に相談だ。
2021/02/14
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