sample | ナノ
快晴。
絶好の釣り日和だ。
普段は書物を読み漁る俺だが、ふとたまには仕事以外で釣りをしてみたいと思い、部屋を後にした。
釣りの準備を終えると、波打ち際を歩き、穏やかな潮風が俺の頬を撫でていく。
暫く歩いていくと、馴染みの磯に辿り着き、慣れた足取りで先に進んだ。
かなり奥へと進んでいき、ここなら誰にも邪魔されないだろうな、と踏んでいたが。
まさかの先客がいた。
「航さん航さん、見てください!また釣れましたよ〜!」
「おぉ、やったね◯◯ちゃん!あ、俺のも釣れてるし…!」
「わわ、早く引かないと…!」
航と◯◯さんだ。
つい最近、この二人は付き合い始めた。
一年前、ここ兵庫水軍の女中として雇われた◯◯さん。
真面目で優しく穏やかで、そんな彼女に真っ先に惹かれたのが、俺の相棒である航だった。
猛アタックした末に、実を結んだのは言うまでも無い。
そういえば、こいつも今日はこれと言った仕事が無い事を思い出した。
変わらず◯◯さんは夕飯の準備とかあるだろうが。
二人は針から魚を取ると、海水入りの大きな桶にそっと投げ入れ眺めていた。
「いっぱい釣れましたね。今日の夕飯はこれにしましょうか」
「そうだね。えへへ、きっと◯◯ちゃんが可愛い過ぎるから、魚達も思わず釣られちゃったんじゃないかな〜」
「!、も、もう、何を言ってるんですか航さん……」
本当に何を言ってるんだお前は。
いや、◯◯さんが可愛くないとか、そうゆう意味ではなくて。
航の事だ。潮の流れを読んで、魚達がどの辺りに移動していくかある程度予測したんだろう。
だから俺もここに来たわけだが…。
こんな砂吐く程の、甘い空間を見せつけられるとは思わなかった。
航は◯◯さんの隣に座り込むと、甘えた声で◯◯さんの肩にもたれ掛かる。
「◯◯ちゃーん、俺なんだか眠くなっちゃった…」
「え?…ふふふ、航さんったら、今日は甘えん坊さんですね〜」
「えへへ、ちゅーして〜?」
「もう……」
よし、帰ろう!!
きっと、これは神様が「今日お前は釣りをすべきではない、本を読むのだ」とお告げしてるのだ。
…決して羨ましいとか、そんな感情は一切無い!
せっかく準備して来たのにな…。
俺は一体何しに此処に来たんだ……
あ、釣りか。
「ぁ…、航さん…だめ……」
「◯◯ちゃん……」
…!?!
さっきのほのぼのしていた雰囲気とは一転、到底この白昼に相応しくない声が聞こえ始めてきた。
思わず動かしていた足を止めてしまう。
…もしかして此処でおっ始めるつもりか。
ここで!?
「か、航さん……誰か来ちゃう…っ」
「大丈夫、俺達だけしかいないよ……」
「ぁ…、ん…待って……っ」
いや俺がいてる。聞こえてる。
このまま全速力で館に帰らねばならないのはわかっていたが、◯◯さんの言う通り、俺はもちろん他の仲間達も此処は行動範囲内だった。
止めるべきか。
しかしせっかくの、甘い雰囲気の二人を邪魔する事になる…。
俺は一体どうすれば…!
何でこんな事で悩まなくちゃいけないんだ。
「こ、今夜………」
「ん…?」
「今夜、私の部屋、なら……」
「!」
勝手に悩んでいる内に、◯◯さんの艶かしいその言葉が耳に入り、俺は固まった。
…知らなくていい事を知ってしまったようで、申し訳なくなる。
「い、行く!絶対行くから…!」
「は、はい。なので、今はちょっと…」
「うん!我慢する…」
ちゅ、と何度も啄むような口付けの音が聞こえ、俺は溜息を吐くと帰る事にした。
二人の幸せそうな声が、背後からまだ感じる。
「◯◯ちゃん、俺も一緒にご飯作ってもいい…?」
「はい。じゃあ、お魚任せてもいいですか?」
「よし、任せて!」
あぁ、ほのぼのとして和んだが。
…今夜二人は、そうなんだよな。
なるべく、◯◯さんの部屋の前には、通らないようにしよう。
そんな事を考えながら、俺はせっかく持ってきた釣り道具を、また納屋に戻す事になった。
2021/01/23
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