sample | ナノ
「東南風〜、ちょっと聞いてほしい事あるんだけど…」
床に就こうとしたら航が俺の部屋にやってきた。
いつも明るいこいつの元気のない声に、また何かあったんだなと察した。
航は悩み事があるとすぐ俺ばかりに相談しに来るから。
とりあえず布団の上に真正面に座らせた。
「悪いな、寝ようとしてたのに」
「別にいい。それよりどうした?」
「…あー……」
言いにくそうに目を泳がせると航の顔がみるみる赤くなっていく。
この反応はどう考えても一つの答えにしか辿りつかない。
「…お前もしかして好きな女ができたのか?」
「そ、そうだよ!よく分かったな東南風!?」
「いやわかるわ」
自覚がないのか思わず突っ込んでしまった。こいつほどわかりやすい男を俺は知らない。
女の話なんて久しいなと思いながら、どんな女性なのか聞いてみた。
「ほ、ほら、町に続いてる道の途中に茶屋があったじゃん?今そこにけっこう通ってるんだけど…」
「あぁ、あの浜沿いの」
「◯◯ちゃんって言うんだ。彼女そこで働いてて、初めて会った時の笑顔からずっと……あぁ〜!」
掌で顔を抑えると航は悶え始めた。要するに一目惚れだったんだな。
散々悶えたかと思えば、今度は顔を近づけてきて怖いくらいに捲し立ててきた。
「◯◯ちゃん、俺に会ったらいつも『航さんまた来てくれたんですね、嬉しいです』って言ってくれるんだぜ!?」
「仕事だからそれくらい言うだろ…」
「あとあと、いつも俺の仕事の話とか東南風の話とか聞いてくれてさ…!」
「お前俺の話とかしてんのか」
「そしたら◯◯ちゃん『東南風さんって男らしくて素敵な方なんですね』って褒めてくれてさ〜。良かったな東南風!」
「俺の良さを伝えてどうする!!」
冷静に聞いていたがこれには声を荒げた。
こいつは良い意味でも悪い意味でもとにかく素直な奴だった。そこが航の良いところだが…。
「え?なんで……あぁそうか!これじゃあ◯◯ちゃん東南風を好きになっちゃうじゃん…!」
「会ったこともない男にそうそうないから安心しろ」
「よ、良かった……東南風とライバルになるところだった」
勝手に暴走する航にハァと俺は溜息をついた。
というか結局何を相談したかったんだ…。
「で、お前はその子とどうしたいんだ?」
「ハッ!そうだった!ずばり◯◯ちゃんと付き合いたいんだけど……俺はどうしたらいい東南風!?」
「告白してこい」
それだけ言うと俺は航を避けて布団の中に潜った。あまりにも簡単すぎる結論に落胆した。
明日は非番だからゆっくり寝れるな…久しぶりに本でも読むか。
「ええええええええー!?ちょ、寝ないで東南風!俺を一人にしないで!というか…こここここここ告白…!?」
「それしかないだろアホ。今さっきの勢いで熱い想いをぶつけて来いよ」
「そう、だけど…!」
先程とはうって変わって狼狽る航。
普段は積極的に何でも行く癖に、好きな女性となるとこうなってしまう。
だけど俺が出来るのはここまでだ。結局は本人が行動しないと意味がないから。
このまま寝たふりをするかと意気込んだが、とんでない提案が耳に入ってきた。
「そうだ!東南風って明日非番だったよな!?俺と一緒に茶屋に来てくれ!」
「…はっ!?」
「見守ってくれるだけでいいから!よし、決めた。俺は明日◯◯ちゃんに告白する…!」
なんでそうなる。
貴重な休みを奪われてたまるかと抗議しようとしたが、航は潮並みの早さで部屋を出て行こうとする。
「じゃあ明日昼に浜で集合な!」
「待て!俺は行かな…!」
「じゃあお休み〜!」
人の話を聞け!!
こんな夜中に追いかける気力もなく、伸ばした手は虚しく宙を切った。俺は再び布団の中に倒れ込む。
絶対行くもんかと思っていたが、ここまで航が惚れ込んだ女性は純粋に気になる。
「…仕方ねぇな」
あいつとの約束を果たすため、俺は早く眠ることにした。
⇒
夢小説に戻る