sample | ナノ
突然だが俺は背が低い。
子供の頃はきっと兄貴達みたいに大きくなるんだろうなと思っていたが、その夢は年を重ねるごとに儚く散っていった。
まだまだ成長期?じゃないかと思うだろうが、ある時期を境に俺の背は全く伸びなくなり、僅かながらに残ってた淡い期待も無くなったのだ。
奇跡でも起きない限り、俺の身長が伸びる事はもうこの先ないだろう。
ふと何でこんな事を考えてしまったのか。それは俺が浜を歩いていた時の事だった。
偶然、視線の先の向こうに、東南風と◯◯ちゃんの姿が見えた。
海を見ながら何か楽しそうに話していて、俺は二人とも大好きだから、いつもの様に呼びかけて駆け寄ろうとしたけど…。
(……あれ?)
よく分からない違和感を感じた。
何だこれは。一体何が……あぁ、そうか。
◯◯ちゃんが、あんなに顔を上げてるからか。
東南風は背が高いから、顔を上げないと視線が合わないもんなぁ…。
前から東南風との身長差は俺も◯◯ちゃんもあると思っていたが、改めてこう見ると思い知らされた。
一般的な男女の身長差って、やっぱりあのくらいのもんだろうか。
……それに比べて俺は。
(何話してるんだろ。楽しそうだな…)
東南風を見上げたままの笑顔の◯◯ちゃん。
一応、俺は◯◯ちゃんの恋人だったりするんだけど……その日はなんだか声をかける事ができず、気づいてないフリをして水軍館に戻る事にした。
そんなモヤモヤを抱えたまま、ある日の夜、いつものように東南風の部屋に遊びに来ていた俺。
東南風は就寝前の趣味である本を読み始めたもんだから、退屈して布団の上でゴロゴロしてたら「集中できないから帰れ」と言われたが、気にせずじっと東南風の後ろ姿を見てみる。
座っていても、やっぱり東南風は背が高いなぁ……羨ましい。
「なぁ東南風、なんでお前はそんなにカッコいいんだ……」
「何気持ち悪いこと言ってんだ…」
「本心だよ馬鹿野郎!…うわーん!俺も東南風と同じぐらい身長が欲しかったー!」
実際は泣いてないが顔を掌で覆いジタバタと暴れた。
そう、俺は本当は気づいていたんだ。
男の癖に背が低い自分が嫌なのと、◯◯ちゃんも本当は背の高い男の方がいいんじゃないかって……認めるまで時間がかかってしまった。
「遺伝とか体質なんだから。しょうがないだろ」
「そりゃそうなんだけど…」
「◯◯さんもそんなこと気にしてない」
俺の心を見透かされるように言われ、流石東南風と思ってしまった。
「でも……実際はわからないだろ」
「そんなに気になるなら本人に聞けばいいだろ」
ごもっともな意見だった。
俺は単純な頭しかしてないから、明日◯◯ちゃんに聞いてみよう。
答えを聞くのが怖いけど、きっと今のモヤモヤを抱えているよりはマシになるはずだ。
次の日。俺は東南風に言われた通り◯◯ちゃんに聞いてみる事にした。
お互い休憩が被るタイミングで、木陰に移動すると座り込む。
俺のために◯◯ちゃんは朝からおにぎりを作ってくれて、「はい、航さん」と笑顔で手渡してくれてつられて微笑む。
今日も無我夢中で美味いなぁと頬張って…って、そうじゃない。聞かないと。
「航さんどうしたんですか?あ、もしかして美味しくなかったですか…?」
「あ、いやおにぎりは美味しいよ…!…ちょっと、◯◯ちゃんに聞きたいことがあって」
「聞きたい事ですか?」
首を傾げた◯◯ちゃんが可愛いなと思いながら、俺は勇気を出して口を開いた。
「その………俺の身長ってどう思う?」
「え?」
「ほ、ほら、男の割には低いし、さぁ……」
自分から言った癖になんか涙が出そうになる。◯◯ちゃんの前では絶対泣かないけどな…!
ドキドキしながら返事を待った。いっそ一思いに言ってくれ。
「どうと言われましても……航さん、私より高いじゃないですか」
「確かに◯◯ちゃんよりは高いけど……」
◯◯ちゃんが見上げる程の差もなく、何の苦労もなくだいたい同じ目線になってしまう辺りが……察して欲しい。
「お、女の子はさ、やっぱり背が高い男の方がいいんじゃないかって。例えば東南風みたいな…」
「東南風さんですか?あぁ確かに。東南風さんって高いですよね」
確かに。と言う言葉が俺の心に少し突き刺さった。
そういう意味で言った言葉ではないのは頭の中では分かっていたけど、今日の俺は前向きに物事を考えられないようになってるみたいだ。
やっぱりそうか。◯◯ちゃんも……なんて考えていたら、その後の言葉に衝撃を受けた。
「でも少し、言いづらい話しなんですけど。…ちょっと痛くなる時が」
「え?」
「首です。東南風さんと話してると」
苦笑しながら、◯◯ちゃんは話し続けた。
「それでいつも気を遣わせちゃって。東南風さんも屈んでくれたりして……申し訳なく思います。航さんの言う通り、背が高い男の方もカッコ良くて魅力的だと思いますけど」
「…………」
「あ……えっと、つまり私が言いたいのはですねっ」
上手く伝えられてないとでも思っているのか、◯◯ちゃんは慌てたように声を上げる。
わかる。わかるよ◯◯ちゃん…。
「航さんだと、そうなりませんから」
「っ!」
「それにほら、同じ目線で話せますし…ね?」
にこりと笑いかけてそう言ってくれた◯◯ちゃんに、俺は耳まで顔が熱くなった。
どうしよう。凄く嬉しい。嬉しい…!
今すぐにでも叫びたいぐらいだったけど我慢した。
それと同時に、◯◯ちゃんに対して愛おしい想いも募る。
彼女を好きになって、本当に良かった…。
「あとは、ですね……」
他にも何かあるのだろうか。
期待して待ってると、何故だか◯◯ちゃんはきょろきょろと辺りを見回してから、俺との距離を更に縮めた。
どうしたの?と、聞こうとしたが。
唇に、柔らかいものが触れた。
「!?」
「……こうゆう事も、すぐできますし」
離れていった◯◯ちゃんの顔は真っ赤で、恥ずかしいのか俯いた。
ただでさえさっきの言葉だけで嬉し過ぎるのに、こんな事されたら……居ても立っても居られない。
「◯◯ちゃん……こ、こっち向いてよ」
「……今はダメです」
そんなぁ、と思ったが、理由が理由だけに顔のにやけが止まらない。
俺、背が低くて良かったな…。
生まれて初めて、そう思えた。
2020/11/20
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