――ここは京都。祇園祭が行われる今日、春足たち妖怪少年探偵團は四条通を走り抜けていた。
「イズナ特攻隊!突撃!!」
そういって指を狐の形に組み、腕をクロスさせている彼女は妖怪少年探偵團が一人、紅一点の情報収集担当、南方うつひである。
うつひはイズナという一種の管狐の仲間を操っているのだが、訳あって通常よりも多くのイズナ、計72匹使役している。なので、その多さを活かした情報収集や大規模な変化が得意なのである。
百鬼夜行に向かってイズナたちが特攻していく。
よくよく見てみると向かっていくイズナたちに紛れて人間の男が一人。
「―開け、鉄輪武具録(かんなわぶぐろく)。八十五ページより抜粋抜刀――妖刀『かぎろひ』」
彼がそう唱えると、突如暖かな光と共に和装本が現れる。
鉄輪武具録と言われた『それ』は誰が触っている訳でもなくページが捲られていく。
やがてとあるページでぱらぱらと捲られていた音が止まった。
そのページもまた、淡く光を発する。彼はその光っているページに手を入れた。
するするとページの中に手が入っていく。
やがてその手をページから引き抜くと、彼の手には元からあったことが当然であるように一振りの竹刀が収められていた。
妖刀『かぎろひ』である。
手の内にある『かぎろひ』を強く握り締め、彼はイズナたちと共に百鬼夜行へと向かっていった。
彼が妖怪少年探偵團荒事担当、鉄輪弥人である。
「おい、そろそろ行くぞ!」
そう2人に声をかけるのは学ランをきっちりと着ている中性的な少年だ。鋭い目付きをしているが、色白でとても美しく妖艶であった。目付きさえ悪くなければ精巧な人形とでも思ってしまいそうだ。
この少年こそが、推理担当の妖怪少年探偵團が所長、月岡春足である。
もう、お気づきの方もいるであろうか。
そう、彼ら3人こそが、世にも珍しい怪異専門探偵事務所を運営し、活動している。
―その名も妖怪少年探偵團である。
*
「そういえば、どうして九尾は春足のことを知っていたのかしら?」
百鬼夜行から逃げながらうつひはそう言う。よほど疑問に思っていたらしい。
「確か、春って言ってたよね…」
普段は口数が少ない弥人もそう言いながら春足を見つめた。
「うっ…」
2つの目に見つめられ、春足は思わず唸る。
「ど、どうでもいいだろそんなこと!!ほ、ほら!早く百鬼夜行を出し抜くぞ!!」
そして矢継ぎ早にそう言った。よほど言いたくないらしい。
「こっちよ!」
いつの間にかずいぶんと先に行っていたうつひは路地裏への道を指差してそう言う。どうやら先ほど特攻隊と一緒に索敵に秀でたイズナ達、通称イズナ索敵隊を使いに出していたらしい。
「春足、行こう。」
弥人が手を差し出す。そして、春足はその手を取ろうと…
「ふん、ぼくがこんなニセモノの手を取ると思ったか。」
春足は弥人の手を払う。
手を払われた弥人は、その瞬間もくもくとした煙と共に姿を変えた。
「やっと正体を現したな、尾先(おさき)。」
銀色の髪は伸び、書生風の格好は派手な紅色の着物と緑と藍色の袴へ、手には扇を持ち、神社の神主のような狐色の羽織を着ている。
そして、人間とは確実に違うところが1つ。
「―やっぱり春のことは化かせへんなぁ。」
9本の尾が生えている狐面を被った青年はほけほけと笑う。
「ほざけ。ぼくのことが化かせるはずがないだろう。」
春足はふふん、と得意げにしながら言う。よっぽど素直な賞賛というものが嬉しかったらしい。
「でもなぁ、」
がばりと正面から春足に抱きつく。
「ようやっと捕まえたでぇ、春。」
「―あ、」
正面から抱きつかれてしまった春足はようやく自分の失態に気付いた。
―会話なんてしているよりも前に、そのまま逃げるべきだった!!
意識が段々となくなっていく。
目の前が朦朧とする。
(うつひ、弥人、すまない…)
心の中で2人に謝罪をした瞬間、春足の意識はそこで途絶えた…
「久しぶりやわあ。また一緒に遊ぼうや。なぁ、春。」
*****
一方その頃、
「春足ったら、いったいどこにいっちゃったのかしら。」
うつひは頬に手をつき、ほうと息を吐く。どうやら春足といつの間にかはぐれてしまっていたらしい。
「百鬼夜行に追われていたりしてないかしら。」
ぶつぶつと独り言を言う。まるで過保護な母親のようだ。いや、姉と言った方がいいのだろうか。
「春足は弱いから、オレが守らないといけないのに…。」
弥人はぽつりとそう言った。きっとこの場に春足が居たのなら確実に怒られる…というよりもお仕置きという名の拷問にかけられていただろう。
2人は、九尾の放った百鬼夜行から逃げ、とある路地裏にいた。だがしかし、妖怪少年探偵團が所長、月岡春足その人ただ一人がどうやら途中ではぐれてしまっていたらしい。災難である。
「あっ、光が見えてきたわ!弥人、きっと出口よ!!」
うつひは遠くに見える光を指して言う。心なしか嬉しそうな口調である。残念ながらここでは表情を確認できないので定かではないが、うつひが笑っているように見えたのは気のせいだろうか。
「―待って、うつひ。」
光の方向へと走っていこうとしたうつひを弥人は止める。
「もう、なによ弥人!早く明るいところに行こうよ!だってここはじめじめなのよ?薄暗いのよ?」
止められたうつひはぷりぷりと自分の考えを口にする。よっぽどここに留まることが嫌らしい。
「―あれは、罠だ。」
ぐいぐいとうつひに袖を引っ張られながらも、弥人はどこか確信を持ってそう言った。
「どうして?」
うつひは意味が分からないとでも言う様に首を傾げている。
「―だって、君も偽者だろう…?」
引っ張られたままの袖をうつひの手から振り払い、弥人は戦闘態勢をとる。
「妖刀、『かぎろひ』…」
うつひはそうぽつりと呟いたかと思うと、顔を下へと向ける。
「―?」
弥人はその行動に疑問を覚えた。今、うつひの偽者は隙だらけである。だが、なぜだか嫌な予感がするのだ。だから弥人は先程の体勢から1歩も動かない。―いや、動けないのだ。
「――ふは。」
俯いたうつひから声が漏れる。