誰かにとっての主人公、それはは誰かにとっての脇役。

人通りの少ない帰り道を歩く。太陽も役目を終えようと西の空へ急いで潜り、カラスも山に帰ろうと東へ東へ羽を動かしている時間帯。買い物帰りの主婦が自転車で颯爽と僕の横を通り過ぎた。主婦が自転車をこぐという運動によって生まれた風が、僕の髪を靡かせた。一瞬だけ時間が止まったような感覚に襲われる。しかしそれは本当に一瞬。一秒も経たないうちに時計の針は仕事を開始する。

現在、僕の視界には僕しかいない。つまりこの道での主人公は僕なわけだ。この発想に至るのがおかしい、と思う人もいるかもしれないがそこはどうにか御解釈願いたい。あいにく僕はへたれなもので殴りかかるだけの能力などそなえてはいないのだ。話は戻して、僕は主人公なわけだから何か事を起こさなければいけない。事がないと話は始まらない。そう大人達に教わってきたのだ。若干の嘘有り。しかしながら事を起こそうにもこんな普通の町中では、ましてや僕一人では何も事は始まらない。だから僕は歩くことにした。そもそも僕は帰宅途中なのだから歩くべきなのだ。家までの道のりを歩くことが主人公の僕としてなすべきものなのだ。

ということで僕は歩くという事を起こした。つまらない主人公だ。だけど僕にはこれしかできないのだから仕方がない。某小説の主人公のように嘘をつくことも上手ではないし、はたまた某漫画の主人公のように特殊なスキルを持っているわけでもない。所謂普通の男子高校生というやつだ。普通の男子高校生の中でも落ちこぼれというか、クラスの中で大抵五人くらいいる陰気な奴、それが僕だ。踏み出す一歩をいつもより少し力強くしてみた。いつもよりほんの少しだけ足音が大きくなる。いつもよりほんの少しだけ地面からの風が強くなる。しかし変化は僕の右の足の裏限定でそれ以外に何も変わりはない。自分でこうなるとわかっていながらも何故か少し恥ずかしくなる。恥ずかしさの源が些細なことすぎて今度は逆に情けなくなる。歩くという行為だけでここまで感情を抱ける僕は案外すごいスキルを持っているのではないか?ただの中二病の端くれだろ。自分で自分の問いかけに返答して現実に戻る。

ふと前を見ると遠くの方から人の影が見えた。僕の視界に僕以外の人間が入り込んだ。従って僕は自ら主人公の座を降りた。今からあの名も知らぬ中年男性がこの物語の主人公だ。そして僕は脇役だ。僕から見ても、もちろん彼から見ても。主人公たるもの事を起こしてもらはなくては困る。脇役の僕が事を起こすわけにはいかないのだ。彼はそれを実感しているだろうか。絶対と言っていいほどしていないと思うが。

そんな期待を胸に抱きながら脇役僕と主人公中年男性は自分達の距離を縮めていく。一歩歩くたびに脇役と主人公の差は縮む。時間は刻々と過ぎていく。このまま何の事も起こらないまま主人公中年男性は僕に主人公のバトンタッチをするつもりなのだろうか。普通に考えてこのまま二人が歩み続ければやがて横を通りすぎそのまま視界の外へと消えていってしまう。そうなれば僕がまた主人公なわけで・・・と無限ループのような関係性が芽生えてしまう。僕の額から冷や汗が飛び出した。こんなつまらないことで冷や汗をかく僕っていったい何者だ。考えているうちに主人公中年男性は僕の目の前に来てしまった。嗚呼、主人公の座が僕にまた譲られるのか。

バタッ。

音がした。僕の前から主人公中年男性は消えた。下をみた。倒れていた。苦しんでいる。僕は近寄った。声をかけた。主人公は苦しんでいる。脇役はいそいで携帯を取り出した。主人公は泡をふきはじめた。脇役は焦った。脇役は救急車を呼んだ。主人公の意識が途絶えた。

思わぬ形の事を起こした主人公。僕はもしかしたら脇役からとても重要な役へ変化してしまうのかもしれない。主人公ではないけれどそこそこいい役に。そんなことを思うと少し顔がにやけてしまった。太陽はもうとっくに仕事を終え、カラスはとっくに山に帰った人気のない静かな道に新しく生まれた事。それが僕の人生にとって何かを意味するのなら今日が僕にとってのプロローグなのかもしれない。

僕にとっての主人公、それは僕にとっての脇役。



主人公僕



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