※続 醤油煎餅

欲を言うわけではない。
期待をしてるけでもない。
寧ろあっちは知らないかもしれない。

氷帝の図書委員には鈍感でいつもボーっとしてる3年生の先輩がいる。俺はこの人に一度告白まがいのことをしたわけだが、もちろんあの人は気づいていない。しかもそのときの返事が「濡れせん以上醤油煎餅以下」俺のことを何だと思っているんだあの先輩は。醤油煎餅の魅力がわからない。俺は煎餅じゃない。だからいけないのか?
そもそもあの人は鈍感で天然だ。こんなことをいちいち考えていたらキリがない。不思議しかない。
ただ、明日は俺の誕生日であって、もしかしたら何かしらどこかで…芥川先輩あたりが俺の誕生日のことを名字先輩に言ってるかもしれない。そんな小さな期待をしている。芥川先輩が俺の誕生日を知っているかどうかはさておき。
期待というのは下剋上を信条とする俺には無縁の言葉だ。情けないと馬鹿にされるものだ。だが今回ばかりは俺にどうしろというんだ。明日俺の誕生日だから祝えって言うのか?そんな跡部さんみたいなこと言えるわけがない。寧ろあの人はそんなこと言わずとも祝われるだろう悲しくなる跡部さんの話はやめよう。練習が終わって誰よりも早く着替えた俺は気づけばもう息が白くなる外でらしくもないため息を吐いた。

「あー日吉くんー」
「名字、先輩…」

心の中でそっと噂をすれば…転機が訪れた。どうやら神はまだ俺を見離していないらしい。

「こんな時間にどうしたんですか」
「うん…忘れ物してねー」
「…そうですか」
「あー今絶対私が忘れ物取りに来るの意外だと思ったね」
「名字先輩のことなので別に意外とは…」
「それはそれで酷いなぁー」

いつものへらへらふにゃふにゃした笑いで俺に話しかける。もうこれが誕生日プレゼントでいい。

「そうだ日吉くん」

急に真面目な顔になる先輩。もしかしたら芥川先輩あたりか、それとも風の噂かで俺の誕生日が明日だと知って…。

「肉まん、食べたくない?」

そんなわけがなかった。期待もするもんじゃない。二度と俺は期待しない。醤油煎餅以下の俺が祝ってもらえるわけがなかった。

「先輩が食べたいだけでしょう」
「当ったりー。日吉くん一緒に行こうよ」

拒否する理由などない。でも普段の俺からしてみたら何で人の用に付きあわなければいけないんだと思うだろう。間違いなく普段なら拒否する。柄じゃない。だがどうせ明日祝ってもらえないのならいいんじゃないかと普段の俺と甘えた考えの俺との葛藤が続く。

「いいですよ。この時間先輩を一人で帰らせて何かあったら俺が責められますから」

結果こんな言葉しか出てこなかった。いつだか鳳に、日吉は女の人の気持ちが全然わかってないと一方的に怒られた記憶がある。その時は煩いとしか思わなかったが今わかった。

「あー女の子扱いしてくれる日吉くん優しいなー」

…わかったつもりになっただけだった。名字先輩はそこらの女とは違ったらしい。怒ることはあっても優しいと言われるのは予想していなかった。

「日吉くん顔赤いよ」
「寝ぼけてるんじゃないですか?」
「いつもボーっとしてるからって寝ぼけてるとは限らないよ」

真面目なのかふざけてるのかわからないのもこの人の特徴だ。言葉には真剣味がある。そこが芥川先輩に似てるところの一つなのかもしれない。

「あ、日吉くんちょっと待っててー」

いつものへらへらとした笑いから真剣な言葉が出る。かと思えばまたボーっとしてる。今もまたボーっとした顔でコンビニに入って行く。これが明日ならどれだけよかったか。先輩とこうして話したのも実は何週間ぶりかで一緒の帰るなんてことは今日が初めてだ。そのくらいしか俺たちは会ってない。互いのことも何を知っているのか聞かれたら数が限られている。それなら明日でもよかったと思わないか。どうして今日が12月5日じゃなかったのか。こうやって考えている俺は結局期待しているし欲も言っている。まるで幼稚だ。今先輩を待たずに帰ったら先輩は怒るか、口も聞かなくなるか、それとも心配するか。そんなことばかり考える。こんな俺がどうして下剋上できる。笑い者にされて終わりだ。
また一つさっきよりも長くため息を吐いて白い息を出す。

「日吉くん具合悪い?大丈夫?」

俯きがちになっていたのが気になったのか具合が悪いのか本気で心配してくる先輩に俺の心の声が聞こえるなら…とまた気持ちの悪いことを思う。自分の言いたいことが伝えられないのが苦痛だと感じる日が来るとは思わなかった。

「先輩が俺を外で待たせて寒かったわけじゃないです」
「わーそれは考えてなかったよごめんねー」
「それで先輩の家の方向はどっちですか送ります」
「あーちょっと待って。」

へらりと笑ってコンビニ袋から肉まんが入った包みを一つ取りだした。

「はい、日吉くん。」
「‥‥‥どういうことですか」
「日吉くんも食べたいかなって思って」
「先輩が食べてください俺はいりません」

せっかく先輩が買ってきてくれたものを俺は今易々と手放した…!何してるんだ俺!早く訂正しろ!

「そう言うと思ってたよ」

またあの顔で言葉に真剣さを出す。

「でも、もらって。お願い」

お願いとまで言われて流石に手を出さないわけにもいかずそっと先輩から肉まんを受け取る。それに満足したのか先輩はまたへらへら笑いながら帰ろうと言いだす。先輩には俺が何を考えているのか欲しいものを欲しいと言えないのがわかっているのかたまに見透かされているような気分になる。今回だって“お願い”と言われれば断れないと思って言ってきている。こんな何週間に一回しか会わないような仲なのに先輩は俺のことがわかっている。それがわからない。

「先輩は俺の考えてることがわかるんですか」

こんなことを真面目に言うのは頭がおかしくなったと思われるかもしれない。それこそ風邪ひいたんじゃないかと。しかし先輩は笑った。

「わかるわけないよ。わかったら素敵だなー…日吉くんが本当は誕生日祝ってもらいたいってわかったら素敵」
「今…なんて…」
「日吉くん明日お誕生日でしょ、だからねー明日から期末テストで会えないと思ったから今日お祝い」

知っていた。先輩は明日俺の誕生日だと知っていた。明日から期末テストだとわかっていたのにそんなことは頭から完全に消えていた俺のミスなのか。若干悔しい思いに打ちひしがれながらも名字先輩が知っていた喜びと祝ってくれた喜びで相殺される。
今思えば“いつもボーっとしてるからって寝ぼけてるとは限らないよ”これは伏線だったのか。先輩を代表する言葉だと今思った。
もらった肉まんを食べるのがもったいないような気さえしてきた。

「1日早いけど。お誕生日おめでとう日吉くん」
「ありがとうございます」

不思議と素直に言葉が出てきた。あれだけ葛藤して思い悩んでいたことを期待して、欲を言って…結果こうして先輩は期待も欲も言わなくてもわかってくれていた。不思議な気分だ。

「日吉くん笑ってる?」
「笑ってないです」
「嘘つきは明日のテスト0点だよー」
「先輩よりいい点とるので問題ないです」
「そういう話はリアルだからやめよう」

またへらへらと笑いながら小さな声でおめでとうと言ってきた先輩に小さく、本当に小さく笑った。


素敵な人。











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