もっと話がしたいと思って訪れたのは名前のクラスだった。押し掛けるのはどうかと思ったが、ここでぐずぐずしてると高尾に持っていかれる気がする。これといった根拠はない。ただの直感だ。すぐに高尾を見付けたのだが、教室に名前の姿はなかった。授業が終わって、気付いたらもういなくなっていたらしい。思ったより気紛れのようだ。いや、しかし気紛れな名前もかわいいな。仕方なく名前に会うのは諦めて、無意識に向かったのは体育館裏だった。初めてあいつに会った場所だ。ここに来ると、名前が隣にいるような気がして気分が良い。…相変わらず気持ち悪いぞ俺。ちなみにあの時借りたハンカチは未だに返せず毎日鞄の中に入っている。…毎日洗って、アイロンまでかけてる俺はやっぱり気持ちが悪い。親に見付かってないのが唯一の救いだ。
暫くふらふらしていると、奥の方に人影があるのが見えた。いつも人気がないから俺以外にここに来る奴はいないと思っていた。興味本意で顔が見えるくらいまで近付くと、そこにいたのは背中を丸めて俯いている名前だった。「…名字?」俺の声に反応して顔を上げる。驚いたような顔をしたが、すぐに挨拶をしてくれて、それだけで気分が上がる。何をしているのかと聞けば、「宮地先輩を探していました」と言われて、今度は俺が驚く番だった。俺を探してくれたことも、俺を探してここに辿り着いたことも、初めて名前を呼ばれたことも嬉しかった。なんでここに来たのかと聞かれたが、曖昧に返してしまった。覚えてないことを言ったって混乱するだけだ。まだ思い出さなくていい。名前も何か感じ取ったのか、何も聞いてこなかった。話題を変えて雑談を続け、高尾と仲良くなった経由も聞き出した。高尾から話し掛けたのか…図々しい奴だな。もう心が狭いとか言われても気にしない。「宮地先輩の話も聞きたいです」相変わらずストレートな言葉を投げられ、普通に照れてしまった。あとニヤけるな俺。気持ち悪いぞ。そんな俺を見て、名前もぽかんとしてしまっている。ついに引かれたか…?どうしようもなく不安になっていると「先輩、先輩、」と少し興奮気味に呼ばれた。かわいい。楽しそうな名前かわいい。

「私、先輩の笑顔が好きです。もっと笑ってください」

昨日まで俺のこと恐がってたくせに、そういうこと言うか、普通。名前は素直だから嘘は言わない。思ったことを迷わず口にするタイプだ。あの日みたいに俺に向けてくれた笑顔も素直な言葉も、何一つ変わっていない。俺は名前の笑顔が好きだ。だから、名前も俺の笑顔が好きだと言ってくれたのは嬉しい。嬉しいが、それでも名前が俺を覚えていないのが悔しくて、少しだけ憎たらしい。俺は忘れた日なんてなかったのに。俺はこんなに好きなのに。
気付けばあの日みたいに、名前の前で泣いていた。好きな女の前で二回も泣くっていうのはどうなんだ。流石に引かれるんじゃないか。それなのに。「どこか痛いですか?」名前があの日と同じことを言うから。あの日みたいにハンカチを取り出そうとしてくれてるから。思わず名前の行動を無視して俺の腕に引きずり込んだ。これで拒絶されたら生きていけないかもしれない。でも名前は拒絶も抵抗もせず、されるがままだった。ただ驚いて固まっているだけだろうか。もうそれでも構わないが。無意識に「名前」と下の名前を呼んでしまったことに焦ったが、特に何も違和感を感じなかったようで、名前はすんなり返事をした。調子に乗って何回呼んでも返事は返ってきて、無理矢理抱き締められているはずなのに俺の背中まで擦ってくれた。「私はここにいますよー」なんて当たり前のことを言う名前に酷く安心する。お前が俺に優し過ぎるのが悪い。だから俺は今より深みに嵌まって、今よりずっと調子に乗ると思う。それで俺が嫌いだとか気持ち悪いだとか言われても、ここから抜け出せる気がしない。
涙は止まって、名前もそれに気付いているはずなのに。もう少しと言えば肯定が返ってきた。お前は弱っている奴なら誰にでも優しいのか。もし高尾や緑間がこんな風になったとしても、同じように慰めるのだろうか。名前が他の男に抱き締められるのを想像しただけで胃が潰れるくらいの圧迫感に襲われる。嫌だ。名前は俺のだ。

「宮地先輩」
「なに?」
「重くないですか?」
「重くねーよ」

吃驚した。俺の愛が重いって言われてるのかと思った…。まあ重いだろうけど。
軽く俺の上に乗っている名前は心配そうだが、寧ろ俺の気持ちとしては軽くなってる。伊達に鍛えてないし、仮に重かったとしても、その重みは心地良いとさえ思うだろう。密着してる部分は俺の体と違って柔らかい。かわいい。セクハラ紛いなことをされているのに全く気付かない名前かわいい。このまま騙されてくれたらいいのに。でも他の奴にも騙されたら困るので、あとで注意しておこう。
幸せも束の間、次の授業の時間が近付いてきた。名前の身に付けている腕時計は授業開始時間の5分前を差している。死ぬ程名残惜しいが、もう離してやらなきゃいけない。それでも出てきた言葉は「俺のクラス次自習なんだ」だった。遠回しのサボタージュアピールだ。ああなんか俺ウザいな…。遠回しながら鈍い名前にも伝わったらしく「私も次自習だからいいです」という返事が返ってきた。あの素直で正直な名前が、嘘を吐いたのだ。次は自習ではなく本当は数学のはず。なんで名前のクラスの時間割りを把握しているのかは、もう暗黙の了解にしてほしい。好きな奴のこと調べて何が悪い。…まあ気持ちが悪いんだけど、俺はもう開き直ることにした。名前が俺の為に嘘を吐いてくれたのが嬉し過ぎて、もうどうでもいい。俺も本当は自習じゃないけど日頃の行いは良い方なのでなんとかなるだろう。でも名前は怒られるかもしれない。可哀想とは思いつつ、俺の為に怒られるのは不謹慎ながらも嬉しい。最低だ。気持ち悪い上に落ちぶれたな俺。だが気にしない。名前が俺の傍にいる間は何も気にしなくていいんだ。


(お前がいれば何もいらない)


130425
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