宮地先輩には、悪いことをしてしまった。ずっと恐いと思っていた先輩は私のことを睨んでいた訳じゃなくて、視力云々で目付きが悪い人だったらしい。私を恐がらせていたのを申し訳なさそうに謝ってくれた宮地先輩は、なんて優しいんだろう。あの後部室に戻った宮地先輩は「名字が怪我したらどうすんだよ」と高尾くんに激怒してくれたのだ。実際、あの時は先輩が支えてくれなかったら後ろに倒れていたと思う。高尾くんや緑間くんが言っていた通り、印象とは違って優しい人だった。お礼を言っただけで別れてしまったけど、もう一回、もう一回だけでいいからちゃんとお話しをしたい。
本当は高尾くんか緑間くんに頼むのが早いんだろうけど、一度断ったことだし、宮地先輩に「お話ししたいです」と持ち掛けられるのは恥ずかしいものがある。自覚ある人見知りの私が話をしたいと思うだけで珍しいのだから、こればかりは仕方がない。
とは言ったものの、どうすれば宮地先輩に会えるだろうか。一年生と三年生はフロアも違うし、何より接点がない。うろうろしていればどこかで会えるかもしれないが、見掛けたところで話し掛けられる気もしないのだ。この乏しいコミュ力はなんとかならないだろうか。
教室にいるよりはと外に出てきたが、どこへ行けば会えることやら。とりあえずバスケ部が使っている体育館の裏にやってきた。所々が日陰になっているので、とりあえずここにいても日焼けの心配はなさそうだ。隅っこに座って飲み物を飲んでいると、何やら近くの方から足音が聞こえてきた。人通りあるのか。嫌だなぁ。目を合わせたくないので背中を丸めて下を向いた。「…名字?」聞き覚えのある声がして顔を上げると、探していた(のか分からないけど)宮地先輩が立っていた。ちょっと運命感じたかもしれない。

「こん、にちは」
「ん。ここで何してるんだ?」
「…宮地先輩を探していました」

一瞬、先輩の動きが止まった様に見えたが、直ぐに柔らかく笑ってくれた。宮地先輩の笑顔は初めて見たかもしれない。いつも仏頂面…じゃなくて、表情があまり感じ取れなかったから新鮮だ。見目もかっこいいので、女の子たちは放っておかないだろう。私もちょっとドキドキした。
「先輩はどうしてここに?」「…思い出の場所っつーか、好きなんだよ」確かに静かで人気が少ないから、いい場所だ。でも先輩の思い出の場所となると、私の休憩場所には向いていなさそうだ。まあいい。他にも静かな場所はいくらでもある。先輩の言う思い出については聞かなかったが、多分宮地先輩は話したがりじゃない。そう簡単に教えてくれる訳でもないだろう。少し寂しそうな顔が見えたけど、悲しい思い出なんだろうか。私にはよく分からない。
話題は変わって高尾くんと緑間くんの話になった。私と宮地先輩の共通の知り合いは二人しかいないから、当然といえば当然なんだけど。高尾くんと仲良くなった経由やいつもする話なんかを聞かれて、全部正直に話した。何故そんなことを聞くのかと疑問に思ったけど、宮地先輩が知りたいと思うならいいか。暫くは私ばかりが喋っていたので「宮地先輩の話も聞きたいです」と言えば、照れたように笑ってくれた。この前まで宮地先輩の目付きが恐いと言っていたが、私は宮地先輩の笑顔が好きになってしまった。現金だろうか。でも、好きになったものは仕方ないと思う。よく笑う人が好きなのだ。だから、空気を読まず笑う高尾くんも、たまに控えめな笑みを見せる緑間くんも好きなんだ。

「先輩、先輩、」
「どうした?」
「私、先輩の笑顔が好きです。もっと笑ってください」
「え、がお…?」

いきなり驚かせてしまっただろうか。空気を読まない性格なので、つい伝えずにはいられなかったのだ。謝ろうかと思い先輩の顔を見上げると、何故か大きな目からぽろぽろと涙が溢れていた。何か悪いことを言っただろうか。気分を悪くしたのだろうか。
「どこか痛いですか?」そう聞くと先輩は更に涙を流した。本当にどうしたのだろうか。これ、私は喋らない方がいい気がする。自分が泣かせている様な錯覚を起こしているのだ。とりあえずハンカチを取り出そうとポケットに手を入れる。しかし、その手はハンカチを掴む前に、宮地先輩に引っ張られてしまった。吃驚している暇もなく、私は簡単に先輩の腕の中に閉じ込められてしまったのだ。もう意味が分からない。でも、宮地先輩がそうしたいなら。それで涙が止まるなら、これでいいか。「名前、名前、」私の名前を連呼する宮地先輩に一々返事を返しながら、その背中を擦った。
ストレスを溜め込んでいるのか、それとも何か不安なことがあるのだろうか。努力を惜しまない人だから、きっと無理をしているんだろう。そうに違いない。理由はさっぱり分からないが、私なんかでも先輩の力になれるなら、これくらいどうってことない。「名前」「はい」「名前」「はぁい」「名前」「はいはい」あまりにも連呼するものだから、「私はここにいますよー」と呆れたように言えば、先輩は少し安心したように笑みを作ってみせた。

「大丈夫ですか?」
「…もうちょっとだけ、な」
「はい、分かりました」

涙は止まった様で、今度は嬉しそうに私のことを抱き締め始めた。私は抱き枕じゃない。でも了承したからには宮地先輩が満足するまで好きにしてもらおう。それにしてもこの人は少し情緒不安定になる時があるのだろうか。それとも、さっき言っていた思い出と何か関係しているのだろうか。
やっぱり私には分からないけど、先輩の腕の中にいるのは嫌な気分じゃない。もしもまた、先輩がこんな風になってしまった時は傍にいてあけだいと思っている自分に一番驚いた。


(この人は一体何を抱えているのだろう)


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