さて、これからどうしようか。名前が俺のことを好きになってくれたのはよかったけど、次は自覚させなきゃならない。俺しか見えなくなって、俺無しじゃ生きていけなくなるように。しかし恋愛感情にめっぽう疎そうな名前のことだ。今はきっと混乱してるに違いない。下手に刺激しても好感度が下がるし、暫く様子を見たらそこから疎遠になりそうだ。どちらにしろ困る。でもそれとは裏腹に、戸惑っている名前がかわいくて仕方ないのも事実だ。今まで普通に喋ってたのに、緊張からか吃ったり噛んだりする名前ちょうかわいい。だから優しくしたい反面、少し虐めてやりたくなる意地の悪い俺だ。目を合わせるのが恥ずかしいと言うなら余計に合わせたくなるし、赤くなった顔も指摘したくなる。駄目だ名前かわい過ぎる。でもそろそろ名前の口から好きって聞きたいな。聞けたらもう死んでもいい。果たしてどうやったら自覚させられるだろうか…。
唸り声を上げて悩んでいると大坪に殴られた。お前ちょっとは手加減しろよ痛ぇよ。「あまり名字を虐めてやるなよ」「名前の反応がかわいいから悪い」理不尽なのは百も承知だ。でもあのかわいさは罪だろ…天使か。というか最近、大坪が名前のことをやけに気にしてるのは何故だ。俺の知らないところで何かあったのだろうか。名前もメールで「大坪先輩何か言ってませんでしたか?」とか聞いてきたし、本人に問っても笑って誤魔化されるだけだった。このまま俺より仲良くなったらどうすればいいんだ。とりあえず大坪轢く。俺の殺気を感じたのか、大坪は先に着替えて体育館へ行ってしまった。名前のこと考え過ぎて着替えるの忘れてた…。阿呆か。「真ちゃん休み時間に名字ちゃんと何話してたんだよ」「別になんでもないのだよ」着替えを終えた頃に高尾と緑間が部室に入ってきた。ちょっと待てお前もか!お前も名前とこそこそしてんのか!

「緑間言わないとぶっ飛ばすぞ」
「嫌です」
「てめぇ!!」
「宮地さん落ち着いて!名前ちゃん来てるから!」
「え」

マジか。予想では恥ずかしがって暫く会ってくれないかと思っていたが、なんやかんや良い方に転んだらしい。緑間に絡むのをやめて部室を出た。「宮地さん相変わらず!」「うるせぇ死ね。」どうせ俺は相変わらず必死だよ。急いで体育館に来たはいいものの、肝心の名前が見当たらない。騙されたかと思ったが、隅っこに鞄が置いてあるから来ていることは確かだ。どこかに行ってしまったのか。まあそのうちひょっこり出てくるだろう。練習開始時刻まで少しあるから愛でてたかったのに…とりあえず練習するか。「あれ、名字ちゃんいない」「鞄はあるのだよ」後から来た緑間たちも行方は知らないらしい。
練習を始めてから暫くして、体育倉庫から出てきた大坪に「名字なら中にいるぞ」と言われて心底安心した。大坪が俺の知らないところで名前と二人きりになったこととか、雑用やらせてたことには多少腹が立ったけど。倉庫の扉を開けると、なんだか楽しそうに作業している名前がいた。何か良いことでもあったのだろうか。ふにゃふにゃ緩みきった笑顔を溢す名前が犯罪級にかわいい。このままマネージャーになってくれねーかな。そうすれば部活の時は傍にいられるし、練習も試合も見てもらえるのに。…でも他の連中に狙われたら困るからとりあえず保留で。無防備な名前を後ろから抱き込むと一瞬で固まってしまった。「清志先輩…」「あたり」振り返ることなくして当てられたことにちょっと感動した。もう感覚だけで分かるのか、あるいは名前にこういうことをするのが俺だけなのか。どちらにせよ嬉しいことに変わりはない。暫くそのままでいると、名前は少し居心地が悪そうに身じろいだ。

「…あの、清志先輩」
「なんだ?」
「は、離して、ほしい…です…」

…例えるなら、対戦相手にブザービーターで逆転のゴールを決められた時のような感覚だ。一気に谷底に突き落とされた俺の心は意外に脆い。拒絶された…。今までスキンシップを嫌がらなかった(むしろ気にも留めてなかった)名前に拒絶された。泣きたい。しかし落ち込んだのも束の間、後ろから見える名前の耳が真っ赤なことに気付いた。あ…そうか、照れてるのか。この前なかなか目を合わせてくれなかったのと一緒で、恥かしくていっぱいいっぱいなのか。…かわいいなこの野郎。「…嫌なのか?」「嫌、じゃない、けど…!」混乱しててタメ口にも気付かない名前かわい過ぎる。そして分かってて言ってる俺は意地が悪過ぎる。なんで好きな子ってこうも虐めたくなるんだろうか。そりゃ、泣かれたら困るから制御はするけど…。仕方なく名前を解放すると、一目散に体育倉庫から出て行かれてしまった。恥ずかしいのは分かったけどそれは傷付くぞ…。
その後顔を赤くした名前を見たらしい大坪から「お前何したんだ…」と呆れられ、他の部員からは「いつもより機嫌が良い」と何故か怖がられた。どういう意味だぶっ飛ばすぞお前ら。確かに名前が来たら怒鳴ることも少なくなるけど。そんなことより名前に鼻の下伸ばしてる奴がいないか心配だ。さっきもスコアの付け方を二年生に教わっていた(距離も近かった)。俺は多少避けられてんのに…あいつ明日から覚えとけよ…!「き、清志先輩、」「ん?」どうやらイライラしていて名前が後ろにいたことに気付けなかったらしい。どうしたのかと思えば「ドリンクどうぞ」と言っていつも使っている容器を手渡された。…名前から手渡されるだけでこんなに違うなんて思わなかった。今なら普段の練習量何倍でも熟せる気がする。しかもドリンクに口を付けると、何故かいつも通り俺の好みの濃さで。「よく俺の好み分かったな」と言えば「先輩の好みだけ聞いたんです」照れくさそうに微笑んだ。やばい嬉し過ぎる。しかも俺だけって言ったよな。名前にとって特別な存在になれてるって、自惚れてもいいんだよな?気持ち悪いと自覚しつつもにやけが止まらない。

「清志先輩…?」
「ああ、なんでもない、それより疲れただろ?悪いな扱き使って」
「いえ、案外楽しかったです。それに清志先輩にも会いたかっ…あ、」
「………。」
「………。」

名前の顔は瞬時に赤く染まって、俺の顔もそれがうつったかのように熱くなった。なんだよそれ。会えて嬉しかったって、そんなん前にも言ったことあるだろ。それなのに、なんで今日は照れるんだよ。なんで赤くなるんだよ。名前が俺を意識したことで生まれた態度の変化が、どんな殺し文句よりも心臓に悪い。好きだって言われるよりも余程伝わってくる。でも言葉にされてないから下手なことは出来なくて。こんなの生殺しだ。純粋で初々しくて…俺が今以上のことを望んだら、俺が自分の欲のままに触れようものなら、一体名前はどうなってしまうんだろうか。触れたいと思うのと同時に、俺みたいな奴がこんなに純粋で綺麗なものに触れて良いのだろうかという不安に駆られた。今更だけど。だけどもう、俺に触れられてきょとんとしたり、無邪気に笑うような名前じゃない。罪悪感、というか、本当に今更だけどそれに似たようなものを感じてしまった。
「…清志先輩?」名前が呼ぶ声にはっとした。どうやら無表情でぼーっとしていた俺に疑問を抱いたようだ。相当動揺していたのか、「大丈夫ですか?」と歩み寄ってきた名前と同時に俺は一歩後ろに下がってしまった。あ、しまった。なんて思った時にはもう遅くて、名前は驚いた顔をして今踏み出した方の足を引いた。それから少し焦ったように、体育館から出て行ってしまったのだ。一瞬の出来事だった。俺の一瞬の迷いで、今まで大事にしてきた名前を一瞬で傷付けた。馬鹿だろ、ほんと…。今、名前を追いかけても良いのだろうか。そんなことですら迷っている俺には、きっと名前に触れる資格なんてない。


(純粋なお前が、俺には眩し過ぎる。)


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