倒れて保健室に運ばれたあの日、清志先輩が嬉しそうに笑っている夢を見た。私を見つめる瞳は穏やかでとても優しいものだった。自然と私も暖かい気持ちになった。だから目を覚ました時、不安そうな先輩を見て私も不安になってしまったのだろう。瞬時に抱き締めて落ち着かせようとしたのだと思う。少し前まで清志先輩はほんのちょっと不安定な一面を見せることが多かった。その時には人肌恋しくなるのか、私を抱き締めたり近くに置いてくれることが多かったから、こうすれば先輩が悲しくならなくて済むかと思ったのだろう。でも意識がはっきりしてからが大変だった。何故か自分から抱き付いたのが死ぬほど恥ずかしくて、即座に清志先輩から離れた。前にした時にはなんとも思わなかったのに。どうして。清志先輩を見ると心臓の鼓動がやけに早く、はっきり聞こえるのだ。目を合わせてしまえば息が止まりそうなほど苦しくなる。一体どうしてしまったのだろうか。
高尾くんに相談しようかと思ったが、彼はお喋りなことを思い出した。清志先輩に告げ口されるかも分からない。少し離れた席でお喋りしている高尾くんを見て思わずため息を吐いた。「…どうかしたか」「うーん…高尾くんは口軽いからなぁって」傍にいた緑間くんに愚痴を溢す。私からすれば高尾くんの唯一の欠点だよあれは。緑間くんは表情一つ変えずに「今更だろう」と言い放つ。そして「悩みがあるなら聞いてやらないこともないのだよ」と言ってくれた。こ、これが高尾くんの言っていたツンデレというやつですか…。でも緑間くんって高尾くんの下僕扱いを除けば基本的に優しいんだよね。素直じゃないなと思う時もあるけど。人に相談するようなことじゃないかもしれないけど、と前置きをしてから緑間くんに清志先輩のことを話した。基本は相槌を打ちながら聞いていてくれたが、途中で顔が引きつったり嫌そうな表情になったりと忙しそうだった。どうしたんだろう…。

「事情は理解したが、その理由で宮地さんを避けるのは良くないのだよ」
「うん…会いたいとは思うんだけど…」
「なら会えばいい。練習を見に来い」

半ば強制的に言い放たれて唖然とした。あれ、緑間くん本当に分かってるのかな?私どんな顔して清志先輩に会ったらいいか分からないのですが。しかし有無は言わせてくれないようで「監督に許可を取ってくるのだよ」と教室から去ってしまった。これはちょっとおかしくないだろうか。「名字ちゃんどったの?」「緑間くんが分からない…」「えぇ?」こんなことになるなら高尾くんに言えばよかったかも…。我が儘一回分という未だ謎に包まれた権限を使って許可を取り、どこか機嫌の良さそうな緑間くんが帰って来たのは少し後の話だ。
「俺ら着替えてくんね」高尾くんと緑間くんに置き去りにされ、とにかくまだ清志先輩が来ないことを祈る。どうしよう何を話せばいいんだろう。ついこの前まで普通に出来ていたことが困難になり戸惑う。昨日メールはしたが、やっぱり顔を見るのと見ないのとでは訳が違うのだ。二人とも早く来て、それか誰でもいいから知ってる人来て。「名字」いきなり名前を呼ばれて思わずびくついたが、考えてみれば清志先輩は私を名前で呼ぶ。振り返ると大坪先輩がいらっしゃった。「宮地ならまだ部室だぞ」「そうですか」「呼んでくるか?」「滅相もございません…!」やめてまだ心の準備が出来てない。大坪先輩は私の心情を悟ったかのように「悪いが雑用手伝ってくれないか」と頼まれた。どうやら当番の一年生が今日はお休みしているらしい。雑用してたら清志先輩に会えない。でも、作業してる間に話すことを考えればいいか。「私で良ければお手伝いします」「悪いな」いやもう本当に助かった。雑用といっても本当に簡単なもので、タオルや飲み物を準備したり、ボールに空気を入れたり。よかった、私でも出来てる。せっせとボールを磨いていると、「名字」不意に名前を呼ばれた。

「最近宮地とはどうだ?」
「…大坪先輩、それよく聞きますね」
「気になるからな」
「はあ…」

別に聞いても面白くないと思うけどな…。そもそも前に話したこととそう変わらないだろう。相変わらず清志先輩は面倒見が良い。保健室に付き添ってくれた時もそうだったが、本当に心配してくれて嬉しかった。でも私は恥ずかしがって、一度先輩の手を避けてしまったのだ。とんでもない失態である。「清志先輩、怒ってませんでした?」「機嫌は頗る良かったぞ」そうなんだ…何かあったのかな。でも気にしていないならよかった。緑間くんにした話を大坪先輩にもしてみると何故か苦笑いをされた。うーんと何かを考え込んでいるようだ。大坪先輩が口を開くのを待っていると「宮地が他のやつにも同じことしてたらどうする?」真剣な顔でそう聞かれた。清志先輩が、女の子の頭撫でたり、膝に乗せたり、抱き締めたりしていたら…。なんだろう。少し、寂しい?優しく私の名前を呼ぶのと同じ声で、他の女の子を呼ぶところを想像しただけで苦しくなる。やだ、何考えてるの。そんなの私が思っていいことじゃないのに。彼女さんとか出来たら先輩も自然とそうなるだろうし、特別な子がいたら必然的に私にはしてくれなくなる。寂しい。悲しい。苦しい。顔に出てしまったのか、大坪先輩は「もしもの話だ」と必死に慰めてくれた。でも、今はそうだとしても、いつか現実になる。今みたいに頻繁にメール出来なくなるし、会う回数はもっと減るだろう。嫌だ。清志先輩に彼女が出来たら、嫌だ。私は昔と何も変わっていない。仲良くなった子を勝手に束縛する悪い子のままだ。情けない。迷惑も甚だしい。
大坪先輩が今にも泣きだしそうな顔をしているであろう私の肩を掴んだ。威圧感が凄まじい。「名字、宮地のことをどう思ってる」「…清志先輩、は」「ただの先輩か?仲の良い先輩か?違うだろ」聞き分けのない子供みするみたいに、私の肩をぐっと掴んでいた。大坪先輩の言う通りだ。私はまだ見ぬ女の子に嫉妬するほど、清志先輩のことが好きなんだ。先輩に特別な子が出来たら嫌なのは、自分が清志先輩の特別になりたいからだ。ぐるぐると答えが見つけられずに微睡んでいた感情が消えていく。自覚して、受け入れた途端に気持ちは落ち着いた。清志先輩を見ると恥かしいのも、触れられてどきどきするのも、全部、好きだからなんだ。全部の理由にイコールとして当てはまってくれる答えに酷く安心した。

「私、清志先輩が好きなんですね」

さっきの不安定さが嘘みたいに笑う私を見て、大坪先輩も「そうか」と言って笑ってくれた。どうやらこの前話した時から気付いていたらしい。早く教えてくれたらよかったのに。「大坪先輩、もう一人で出来るので、練習行ってください」「ああ、頼んだ」「はい。ありがとうございました」清志先輩とは違って少し強めに撫でてもらった。嬉しいけど、やっぱり清志先輩にしてもらう方が嬉しいな。にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて作業を再開すると、背中に軽い衝撃が走った。吃驚し過ぎて声も出なかったけれど、身長や体温、感覚で誰だか分かってしまった。それによく考えてみれば、私にこういうことをする人なんて他にいない。「清志先輩…」「あたり」嬉しそうな声が聞こえた。抱き締められるのもそうだけど、やっぱり声を聴いたり笑っているところを見たりすると、幸せな気分になる。清志先輩が好き。清志先輩が好き。そのことだけが心の中でループして、すごく満たされる。恋ってすごい。高校生で初恋は遅いだろうか。でも、相手が清志先輩でよかった。ずっと、いつになっても、私の初恋の人だと自慢出来るだろう。特別にはなれないかもしれないけど、もう少しだけ、傍にいさせてほしい。清志先輩にとってはただの後輩かもしれない。もしかしたらかわいい後輩だと思ってくれているかも。でも、私はその気持ちを裏切ってる。私はやっぱり悪い子みたいだ。このままかわいい後輩を演じようか。それとも、特別になれるように足掻くべきか。迷って迷って、結局何もせず、このまま先輩の優しさに縋り付くのだろう。この意気地なし、卑怯者。関係を壊すのが怖いなんて、言い訳にしかならない。こんな私を許してほしいなんて、都合が良過ぎる。
きよしせんぱい、ごめんなさい、だいすきなんです。


(私を放してくれないその手に安心する)


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