寝ている名前は天使みたいだ。まあ俺にとってはいつも天使みたいだけど。これで場所が保健室じゃなかったら何も考えずに寝顔だけ堪能するのに。一体、名前に何があったんだろうか。
昼休みに入ってすぐ、購買から教室へ戻ろうと一階の廊下を歩いていると、たまに名前と一緒にいる女子を見掛けた。小学校からの付き合いで、付かず離れずな仲らしい。まあ、だからと言って名前の友好関係にはあまり首を突っ込みたくないし、そもそも名前以外の女子に興味はない。しかしそんな思いが一瞬で打ち砕かれた。「名字さん、モテるよね」その女子を含む三人組で、急に名前の話が始まったのだ。すっげぇ気になるだろ。思わず立ち止まった。「名前は目立つタイプじゃないけどかわいいし、裏表もないからモテるわよ」やっぱりそうなのか…そうだよな、名前はかわいいよな。確かに控えめだから目立ちはしないが、笑った時の顔は相当かわいい(怒っても照れてもかわいいけどな)。吃驚するほど裏表もない。彼女にしたくもなるわ。競争率高くて困る。…俺って結構有利な方だよな?名前呼びだし、好きって言われたし、抱き締めても嫌がられないし。そんな自己暗示で落ち着こうと思ったが、またも唐突過ぎる話題が飛び交う。「橘くん、名字さんに告白するらしいよ」こ、告白…?誰だそいつぶっ飛ばすぞ。つーからしいよってなんだ。どっちなんだよはっきりしろ。「昼休み裏庭に呼び出されたって」「やっぱり告白だ!付き合うのかな」やめろ。やめろやめろ。名前が他の男に笑い掛けるだけでも嫌なのに、付き合うとか、想像するだけで吐き気がする。気付いたら裏庭に向かって走っていた。遠くの方に名前の姿が見えたが、何か様子がおかしい。急に力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。具合でも悪いのだろうか。急いで駆け寄る。「名前!」俺の声に少し反応したかと思ったが、それどころではないらしい。ふらついた名前を支えられたのは良かったものの、完全に気を失っていた。慌てて保健室に連れてきたが、今日に限って保健の先生は出張でいなかった。保健室の鍵が掛かってなかったのが唯一の救いだ。ベッドに寝かせて様子を見るも、未だに目を覚まさない。額に手を当ててみるも熱はなさそうだ。でも顔色はあまり良くない。あんまり心配掛けんじゃねーよ…俺の心臓止める気か。「…むぅ」「名前?」「はぁい…?」名前を呼ぶと返事が返ってきて安心する。

「清志先輩…?」
「ああ」
「清志せんぱぁい…」
「な、なんだよ」

やばいかわいい。寝惚けているのか分からないが、名前は俺に甘えるように手を伸ばしてきた。それを掴んで起こしてやれば、今度はなんと俺の首に抱き付いてきたのだ。普段はあんなに遠慮しいで甘え下手なのに。うわぁこれいい感じの夢なんじゃないか…?もう覚めなくてもいい。暫くの間猫みたく擦り寄っていた名前だったが、正気に戻ったのか「うにゃあ!」という奇声と共に一瞬で離れてしまった。もうちょっといい思いさせてくれても良くないか?それにしても奇声までかわいい。「体調は悪くないか?」「は、はい、大丈夫です…!」混乱しているようで、目を泳がせている。しかもなんだか顔が赤い。「やっぱり熱あるんじゃないか?」確認しようと額に手を伸ばしたが、名前に避けられてしまった。触れる前に拒絶された。今までそんなことなかったのに。もしかして知らない間に名前に嫌われるようなことを仕出かしたのか。やっと俺のストーカー未遂の行動に気付いた?いや、ないないないない。あり得ない。だが他に理由が見当たらない。俺も名前のこと言えないくらい鈍くなったのだろうか。「触られるの嫌だったか?」名前は勢いよく首を振った。そういう訳じゃないのか。よかった。拒絶なんかされた日には生きる術を見失うわ。でもなんで避けたんだ?

「名前、なんで目合わせないんだ」
「…そんなこと、ないです」
「ある。こっち見て」

俺の頼みにも弱々しく首を振った。どうしたんだ。いつもなら目を合わせて話してくれるし、俺の頼みも滅多に断らない。それなのに、なんで、どうして聞いてくれないんだよ。名前…。「俺のこと嫌いになった?」じゃなきゃ顔見たくないとか思わないだろ。声は情けなく震えている。俺はお前に嫌われたら生きていけないんだよ。「ち、違います!その、なんだか恥ずかしくて…」…恥ずかしい?今まで、目を合わせるだけで恥ずかしがられることなんてあっただろうか。名前は抱き締められても大して恥ずかしがらない強者だ。おかしい。何かがおかしい。寝惚けていたとはいえあそこまで俺に甘えてきたし、正気に戻った時の混乱の仕方も大袈裟に思えた。しかも顔を真っ赤にして、俺と目を合わせるのを恥ずかしいと言うのだ。…これはもう、俺の良いように解釈してもいいんじゃないだろうか。
名前は既に、俺のことを好きになっているだろう。自分では気付いていないようだが、前の対応と違うのは明らかだ。どうしよう、嬉し過ぎて泣きそう…。そういえば、名前に確認しなきゃいけないことがあった。「名前、告白断った?」俺のこと好きなんだから、断ったよな?でも流されやすいところがあるので確信は持てない。「断りましたよ」「そっか」「…どうして、先輩はなんでも知ってるんですか…?」「秘密」まあ今回は偶然なんだけど。普段は情報収集を怠ってないから。秘密と言ってしまえば名前は聞き返してこなかった。もっと問い詰めてもいいんだぞ?そうすれば俺がどれだけお前のことを想って、どれだけ執着してるのか教えてあげるのに。でも、まだ自分の気持ちにも気付けてない名前には早いか。早く気付いて、俺がいないと生きられないようになればいいのに。そんな想いにも気付かない名前は、時計を見るなり目を見開いた。

「授業始まっ、」
「いいから、もう少し寝てろ」
「わっ」
「あ…」

ベッドから降りようとした名前を押し戻すと、押し倒すような形になってしまった。かわいい。小さい。鈍い名前でも状況を察したのか、さっきよりも顔を赤くさせた。多分、昨日までのお前だったら赤くならなかったんだろうな。今日何があったんだよ。聞いても教えてくれないんだろうけど。名前の肩から手を離すと、大人しく布団を被ってくれた。「俺もいていいか?」今から授業に出てもいいが、かわいい名前を保健室に一人残して行くのは心配だ。なんか惜しいし。断られるかと思ったが、名前は何も言ってくれなかった。無言は肯定と受け取ろう。きっと真面目で遠慮しいだから「一緒にいてほしい」とは言えないんだろう。かわいい。泣くほどかわいい。迷惑だなんて思うはずないのに。そんなこと考えないくらい、名前にとって頼れて甘えられる存在になれたらいいな。そしたらもう少し、感情も表に出してくれるだろ。
頭を撫でてみると、今度は避けられなかった。顔を真っ赤にしながらも「ありがとうございます」と言ってくれる名前が何より愛おしい。


(気付くまで待っててやるよ)


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