メーデー、メーデー、メーデー。因みにフランス語で「助けにきて」の意であり、一般的には航空機などの救難信号で用いられる言葉である。でもそんなことはいい。とりあえず助けてほしいということを伝えたかっただけなのでした。
今日のおは朝占いは最下位。ラッキーアイテムは稀に見る奇抜なものだったので所持していない。「何かとトラブルに巻き込まれるでしょう。自分の気持ちに素直になってくださいね」とのことだった。確かに今日は朝から先生の使い走りにされたし、高尾くんが緑間くんをからかった時にとばっちりで私も怒られたし…。なかなか散々な一日だった。そして一日の中盤、昼休みに差し掛かったところで本日三度目の面倒事が発動した。「名字さんが好きです。俺と付き合ってください」そう言ってくれたのは、ええっと…隣のクラスの…名前が思い出せないので田中くんとしよう。一回くらい話したことがあっただろうか。でも私は覚えてなかった。印象深い何かがないと人の名前は覚えられないのだ。高尾くんは爆笑癖と独特の喋り方、緑間くんはおは朝信者となのだよ口調、清志先輩はとりあえず恐かったから一度で覚えられた。それにしても田中くんは何故私を好きになったのだろう。目が節穴過ぎる…。とにかく名前もろくに覚えていない人とは付き合えない。どうやって断ろうかな。…おは朝も素直でいいって言ってたし、いつも通りでいっか。「私、あなたの名前知らないので、ごめんなさい」田中くんはショックを受けてしまったようで、この場から走り去ってしまった。もしかして仲良くしていたつもりだったのだろうか…思い出せない。なんかこのパターン、中学の時も見たことあるようなないような…。私の記憶力は乏しいままということである。ショック。「名字」「…大坪先輩?」取り残された私に声を掛けたのは大坪先輩だった。こんなところで何をしているのだろう。

「こんにちは。もしかして聞いてましたか?」
「ああ、聞くつもりはなかったんだが…」
「いえ、私は困らないので」

やっぱり見られていたらしいが、私は告白した側じゃないので全く気にならない。困るとしたら田中くんの方だろう。というか彼のことを田中くんって呼ぶのいい加減やめた方がいいかな…。大坪先輩は会話に困ったのか、「宮地とは最近どうだ?」と娘の友好関係を気にするお父さんみたいなことを聞いてきた。私と大坪先輩の接点は清志先輩や高尾くんと緑間くんくらいだし、話題に出て当然といえば当然なんだけど。あれ?なんか心理描写にデジャブを感じる。しかしスルーだ。「優しいですよ」「そうか、優しいのか…何か不満はあるか?」どうにも腑に落ちない様子だ。清志先輩が優しいのが何か問題なのだろうか。ああでも、優しいは優しいけど、少し甘やかし過ぎじゃないかと思う時はある。甘やかすというか、子供扱いしてるみたいだけど…。清志先輩って世話好きなのかな。それとも子供好き?大坪先輩なら知っているだろうか。

「清志先輩って世話好きなんですか?」
「…いや、そうでもないと思うが」
「じゃあ子供好きですか?」
「それは聞いたことないな…」

うーん、確証掴めず。子供は好きだと思ったんだけどなぁ。清志先輩優しいからきっと小さい子にも好かれると思う。先輩が保父さんとか…素敵。一人で妄想に浸っていると「なんでそんなこと聞くんだ?」大坪先輩が不思議そうな顔をした。「清志先輩、私のこと子供扱いするんです」「子供扱い?」訳が分からないと首を傾げられた。頭を撫でてもらったり抱き締められたり。たまに膝の上に乗せられたり、この前は餌付け状態でパンを食べさせてもらった。そのことを大坪先輩に話すと、ものすごく微妙そうな顔をされた。どうかしたのだろうか。「嫌だったら言った方がいいぞ」「嫌ではないですよ」「本当か?」清志先輩にされることは不思議とどれも嫌悪感を抱かない。かと言って他の人にされるのは嫌だな。そんなに仲良くない人に馴れ馴れしくされたり触られたりするのは苦手だ。清志先輩だから、平気なのかもしれない。
…私、いつから清志先輩とそんなに仲良くなったんだろう。最初は恐かったのに、話せるようになってからはずいぶんとスムーズに友好関係が築けたと思う。私としては珍しいパターンだった。波長が合ったのかな。でも、それは少し違う気がする。性格も、好きなものも、考えることも違う。だから一緒にいて楽しいし、もっと一緒にいたいと思ってしまうのだろう。迷惑、だろうか。嫌われていると感じたことはないけれど、何しろ私は人より大分空気が読めない。だから気付かないだけなのかもしれない。それにしたって私はただの後輩でしかないし、高尾くんと緑間くんみたいに部活を通しての信頼関係もない。そう考えると清志先輩が私を気にしてくれる理由が分からなくなる。突然離れてしまうこともあるかもしれない。かっこよくて優しくて面倒見の良い、お兄ちゃんみたいな先輩。…もしかして、清志先輩は私のこと妹みたいに思ってくれてるのかな。嫌な訳じゃないのに、胸が思いきり締め付けられるような感覚に囚われる。どうして。嫌じゃないのに。訳も分からず胸を押さえていると、大坪先輩が私の顔を覗き込んだ。「どうかしたのか?」「…清志先輩は、私のこと、妹みたいに思ってるんですかね」そんなこと、大坪先輩に聞いたって分かるはずないのに。胸の締め付けは強さを増すばかりだ。痛みさえ感じる。

「名字は、宮地に妹みたいだと思われたくないのか?」
「い、嫌な訳じゃないんです…でもなんだか、もやもやするというか…痛いというか…」
「そうか…」

本当にどうしたというのだろうか。この歳にして原因不明の病とか嫌だよ私は。良からぬ考えがぐるぐると回って、いよいよ頭痛がしてくる。「宮地のこと、よく考えてやってくれ」大坪先輩は私の頭をぽんぽんと撫でて、立ち去ってしまった。清志先輩のこと?先輩のことを考えるもなにも、今は自分のことが一番よく分からない。
どうして、清志先輩のことを考えると苦しくなるの。どうして悲しくないのに泣きそうになるの。分からない。怖い。あまりの不安定さに気が動転してしまう。私はヒステリックになるタイプじゃないけれど、なんとなく気持ちは分かった。自分の気持ちが分からないのは怖い。助けて、誰か助けて。清志先輩…。気分の悪さからその場に座り込むと、遠くの方から誰か走って来る音がした。この状態で人に会うのは、少し嫌だな。もしかしたら当たってしまうかもしれない。いや、人見知りだから知らない人に当たることないけど…。「名前!」その声には聞き覚えがあって。顔なんか見なくても清志先輩だと分かった。同時に予鈴も聞こえて、何分間も考え込んでいたことに気が付く。結局答えは出なかったし、清志先輩に直接聞くことも私には出来ないのだろう。先輩に触れる前にすっと意識を手放した。


(どうして、会いたい時に来てくれるの)


130601
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