昨日の緑間くんのラッキーアイテムは化粧水だった。高尾くんが爆笑していたのは言うまでもない。せっかくだからと高尾くんはその化粧水を手に取って、私の頬に吹き掛けてくれたのだ。少し高価なものだったようで、一吹きするだけで大分違った。私が使っちゃってよかったのだろうか。「緑間くん、これすごいね」「そうか」「どれどれ…」高尾くんが効果を確認するために私の頬に触れた。どうしよう、ちょっと恥ずかしい。少し触ったら済むかと思っていたのに、そのまま暫く触られた。なんなの高尾くん。何故か真剣に私の頬を触り続ける彼に若干呆れていると、緑間くんが「高尾、そろそろやめないと殺されるぞ」となんとも物騒なことを言った。高尾くんは我に返ったのか、瞬時に私の頬から手を離す。ほんとになんだったのだろうか。ごめんごめんと謝る高尾くんは悪びれる様子もないく「名字ちゃんのほっぺぷにゃぷにゃで気持ち良くて…」と言ったのだ。ぷにゃぷにゃ…?確かにお菓子を食べ過ぎてるかも…だってうちの家族みんな甘いもの好きだし…。最近体重計に乗った記憶もないので私の顔はもう真っ青だ。…これ、絶対太った。
そんなこんなで昨日から食事の量を減らしている。が、お菓子は減らせていない。仕方ないと思う。かわいい弟に「これおいしいよ。食べて食べて」なんて言われて断れる訳がない。という言い訳である。体重計には怖くて乗れていない。昨日チョコプリン食べたけど今日お昼抜くから増えないでくださいお願いします。

「変わってないと思うけど…」
「変わってるもん」
「お昼食べよーぜー名字ちゃん」
「食べないの」

誘ってくれる高尾くんには悪いが本当に食べたくない。それに今日はお弁当も持ってきていないし、購買でお昼を買うお金も抜いてきた。私の決心は固い。
しつこい高尾くんから逃げて外にやってきた。大体の人は校内でお昼を食べているから昼休みは割りと静かだ。自然と体育館裏へ足が向いた。清志先輩の思い出の場所だけど、静かで人気が少ないので私のお気に入りの場所でもある。壁に寄り掛かって座ると、ぐるるると唸るようにお腹が鳴った。うーん、やっぱりお腹空くなぁ。気持ちと体は比例しないものだ。いつも自分と弟のお弁当を作るのだが、今日は弟の分だけ作った。自分は食べないのに作るのはツラい。
空腹と葛藤を繰り広げていると、近くから足音が聞こえた。何故今日に限って誰か来るのだろうか…いつも誰も来ないのに。目が合わないよう俯いていると「名前」聞き覚えのある声がして顔を上げる。清志先輩だ。私が顔を上げた瞬間、少し眉間に皺を寄せた。先輩はここでお昼だろうか。それにしても、いつも見掛けたら優しく声を掛けてくれるのに、どうしたのだろう。「清志先輩?」「…飯、食ってないんだろ」また高尾くんに告げ口されてしまった。毎度毎度どうにもネタにされる。清志先輩には言わないでほしかったな。恥ずかしい。太ったこともバレているかもしれない。「昼飯一緒に食お」「持ってきてないです」「知ってる。買ってきた」清志先輩はビニール袋から私の好きな菓子パンを取り出す。食べたいけど、先輩が買ってきてくれたとなると余計に食べられない。渋る私に清志先輩はため息を吐くと、私の頭を優しく撫でた。

「食わないと倒れるぞ」
「ほ、ほっぺ、ぷにゃぷにゃって言われたんです…絶対、太ったもん…」
「別に太ってないし、もしそうだとしても名前はかわいいよ」
「えっ」

火が出るかのように、一気に顔に熱が帯びる。かわいいって、清志先輩がかわいいって言った…!家族以外には言われたことがない一言に、こそばゆいような嬉しさを感じた。お世辞でも慰めでも、嬉しいものは嬉しい。かわいいと言われて喜ぶ私はちゃんと女の子だった。怒っている清志先輩はちょっと恐いけど、私のことを心配してくれている。清志先輩があまりにも優しいから、少しだけ泣きそうになった。「ごめんな、いちごみるく売り切れてた」先輩が差し出してくれたのはミルクティーだ。どうして、私がいちごみるく好きだって知ってるの?どうしてそんなに優しいの?どうして、どうして。「清志先輩…」「ん?」「心配掛けて、ごめんなさい」太ったとか太ってないとか、もうどうでもよくなってしまった。清志先輩は安心したように笑うと、メロンパンを一口の大きさに千切って私の口元に運ぶ。食べろってことだろうか。とんでもなく恥ずかしい。何かの罰ゲームだろうか。それでも小さく口を開けると、甘いそれが入ってくる。おいしい、けど。流石にこの状況は如何なものだろうか。所謂餌付け状態である。私は雛鳥じゃないし清志先輩は親鳥じゃない。それでも何故か楽しそうな清志先輩を見ると拒否出来なかった。無念。
結局、全部食べさせてもらった。もう恥ずかし過ぎて清志先輩の顔が見られない。先輩は私のことを小さい子か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。…ありそうで困る。でも清志先輩が嬉しそうだから私は気にしない。子供扱いも気にしない。スルースキルだけが磨かれそうだ。もしかして先輩は世話好きなのかしら。「あ、お金、明日返します…」「いいって」「でも」「後輩なんだから奢られとけ」…少し甘やかし過ぎじゃないだろうか。先輩にはメールの相手をしてもらったり、CDを貸してもらったり、何かとお世話になりっぱなしだ。何かお礼をしなくては。…でも何を?清志先輩に何をしたら喜んでもらえるのか、私には分からない。

「清志先輩は、何か私にしてほしいことありますか?」
「なんで?」
「お世話になってばっかりなのでお礼したいです」

清志先輩は難しそうな顔をした。何か悪いことを言っただろうか。お返しされるのが苦手とか?でもそこは要求してもらわなければ困る。私に出来ることは少ないだろうけど、気合いで頑張るから。清志先輩は悩んだ末に「悪い、保留で」と予想外の一言を発した。保留って言って何も要求されない気がするのは私だけだろうか。腑に落ちない私に清志先輩は苦笑するだけだ。簡単な雑用でもパシりでも押し付けてくれればいいのに。「本当に、なんでもいいんですよ?」「…なん、でも?」あ、ちょっと食い付いた。暫く固まっていた先輩だったが、突然真剣な顔になる。何を言われるんだろう…無理なことは頼まれないと思うけど。「名前」「はい」「膝の上、乗って」「…はい?」またよく分からないことを頼まれたものだ。しかし拒否する理由もないので先輩のお膝に失礼した。この体制は小学生以来だと思う。…重くないだろうか。というかやっぱり私は小さい子と勘違いされている。「先輩、他に無いんですか?これじゃ済みませんよ」「思い付かないから、名前が考えといてくれよ」そんな無茶な。分からないから聞いたのに。きっと何日も迷って、お礼するのが遅くなってしまう。文句を言おうかと思ったけど、先輩が後ろから抱き締めて「かわいいかわいい」と言うので恥ずかしくて声が出せなかった。今日の清志先輩は優しいようで意地悪だ。でもやっぱり、嫌じゃないから何も言えない。


(先輩には欲がないのだろうか)


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