俺は今不機嫌だ。言わなくても分かるだろうが、理由は名前絡みである。一つ目は緑間に貸してやったアイドルのCDが俺の私物だとバレたこと。これはさっき高尾からきたメールで知った。まあ、予想通り引かれなかったみたいだけど…。二つ目は名前が緑間に付きっきりなこと。何故かCDを名前が所持して、緑間は傍から離さないらしい。お前のラッキーアイテムだろ。いつも通り涼しい顔で持ち歩けよ。
昼に高尾から、緑間と名前が並んで食事をしている写メが送られてきた。近い近い。そんなに近付く必要ないだろ。でも名前はかわいい。かわいい名前は今日もいちごみるくだ。切り取って待ち受けにしよう。さっきまで俺の待ち受けは推しメンだったが、設定後画面を戻すと名前でいっぱいになる。「…にやけてるぞ宮地」「うるせぇほっとけ」木村にも自慢してやりたいけど、かわいい名前を他の奴に見せるのは本意じゃない。「どうせ名前のことだろう」「ああ、好きな子からメールきてにやついてたのか」違うし、どうせってなんだどうせって。あと大坪はなんで名前のこと名前で呼ぶんだよ轢くぞ。「お前が名前名前うるさいからだろ…名字知らないし」まあそうか。でも呼び捨てなのは聞き捨てならない。「名字だよ。次名前で呼んだら刺すから」そう言えば二人は呆れてため息を吐いた。

放課後になって部室に行くと、高尾と緑間が騒いでいた。何してんだこいつら…。高尾は俺に気付くと少しだけばつの悪そうな顔をする。「…宮地サン」「あ?」「名字ちゃんが来てるんですよ」マジか。でかした。名前がバスケ部を見学しに来たのは二回目だ。前に来た時は恐がって俺を見てくれなかったけど、今回は見てくれるだろう。「清志先輩かっこいい」とか言われてぇな…。しかし急に機嫌が良くなった俺に対して、高尾はなんだか冷や汗をかいている。なにお前死ぬの?

「あー…言い難いんですけど…」
「なんだよ早く言え」
「…名字ちゃん、ドルオタとは付き合えないって」
「………は?」

目眩がした。頭を鈍器か何かで殴られた気分だ。つまり、引かれてはいないけど、俺は恋愛対象から外れたってことか。なんでだ。引かれるのは怖かったが、これはもっとキツいかもしれない。死にたい。というかなんで引かないのに付き合うのは嫌なんだよ。分からん。名前は時々俺の理解の範囲を越える。「…理由は?」「やきもち焼きだから相手を困らせちゃうって」名前やきもち焼きなのか。かわいい。彼女に妬かれたら男は嬉しいだろうから、困るということはないのに。俺は寧ろ名前に困らせてほしいと思ってるから尚更だ。我が儘を言ってほしいし、それを全部聞いてやりたい。でも、名前は嫉妬するのが好きじゃないんだろうな。俺だって嫉妬は嫌いだ。名前が男と喋ってたり一緒にいるだけで嫌なんだから、俺の方がよっぽどだと思う。とにかく、今は恋愛対象から外れているであろう自分のポジションをなんとかしなければ。
着替えて体育館へ向かうと、名前が大坪と話しているのが見えた。あいつなんで話し掛けてんだよ!声を上げて名前を呼ぶと、振り返って嬉しそうに笑ってくれた。「睨むなよ宮地、何もしてないから」「…不可抗力だ」どうやら無意識のうちに大坪を睨み付けていたらしい。だって、仕方ないだろ。名前が他の男と話してるとこ見るの嫌いなんだよ。「あ、清志先輩。CD預からせていただいてます」相変わらず律儀だな。斯く言う名前は俺のCDを大事そうに胸に抱える形で持ってくれている。頼むからCD場所代われ…って、そうじゃなかった。

「…それなんだけど、」
「なんですか?」
「名前、アイドル好きな男は嫌なんだろ…?」

うわ自分で言って泣きそう。名前が一瞬すごく呆れたような顔をしたのは見間違いだと思いたい。死ぬ。俺はお前のことになるとメンタルがとてつもなく弱くなるんだよ。確実に死ぬ。俺の様子に焦った名前は「清志先輩のことが嫌な訳じゃないですよ」とフォローしてくれた。なんでお前まで泣きそうな顔してんだ。優しいな。でも違う。嬉しいけど、聞きたい言葉はそれじゃない。「でも、彼氏がそうだったら嫌だろ?」「あー…それは、ダメかもです」あ、フラれた。今完全にフラれただろ俺…明日から生きていける気がしない。目の前に名前がいなかったら腹いせにその辺の部員シメてるな。ため息だけで我慢した俺は偉い。
どうしたらいいんだ。どうしたら俺はお前の恋愛対象に入れてもらえる?ドルオタやめたらいいのか?でもそんなことしたら名前は悲しむだろう。バカみたいに真面目だから、自分が取り上げたと勘違いすると思う。俺はお前になら何を取られても構わないのに。アイドルも好きだけど、俺が欲しいのは名前だけだ。…って言っても困らせるだけなのは目に見えている。なら、俺の考えだけでも伝えてみればいい。

「…俺、彼女出来たらアイドル云々言うの控えるし、好きな子に嫌って言われたらファンもやめる」
「は、はあ…」
「それでもダメか?」
「ええと…」

そんなこと言われても困るだろうに。それでも名前は何か考え込んでから「その気持ちだけで十分だと思います。きっと理解してくれますよ」と言ってくれた。それはお前の意思だと思っていいんだよな。一時的に気分が悪かったことも忘れて舞い上がる。名前は気を使ってくれたのかもしれないが、あまり嘘は言わない。だから信じてもいいだろう。
こんな良い奴、俺は見たことない。ドルオタだと言えば女子には引かれた記憶しかないし、そういうのもあって女子は基本的に嫌いだ。でもなんで名前はこんなにかわいいんだろうか。ああもうほんと付き合いてぇ…。ところ構わず抱き締めたいしキスもしたい。俺には邪念が多過ぎる。抱き付きたい衝動をぐっと堪え、名前の頭を撫でながら礼を言う。そんな嬉しそうな顔するから、俺は調子に乗るんだ。全く分かってない。頼むから他の男にはしないでほしい。まあ他の男に名前の頭は撫でさせないが。
「名前はアイドルとか興味あるか?」「よく分からないけど、興味はあります」前に流行には疎いし芸能人もあまり知らないと言っていた。興味津々でCDを眺めている名前は天使そのものだ。かわいいなもう…。「みんなかわいいですけど、先輩はどの方が好きなんですか?」そう聞かれて思わず固まった。推しメンを教えるのくらいどうってことないけど。でも、好きな子の前でそういう話をするのは気が引ける。俺の好みを固定されても困るし。「あー…秘密」「秘密ですか…なら仕方ないですね」仕方ないのか。お前聞き分けが良過ぎるけど大丈夫なのか。というか少し詮索してほしい気持ちもあった。俺のこと知りたいとか思ってほしい。矛盾ばっかりだな俺…。未だにCDを見つめている名前に「気になるなら貸すよ」と言えば嬉しそうに笑ってくれた。

「ほんとですか?ありがとうございます」
「真ちゃんに貸す時は渋ってたのに…」
「高尾黙れ」
「あ、高尾くん…!」

いつの間にか近くにいた高尾に横槍を入れられ、そして何故か名前はそっちに寄って行ってしまった。俺より高尾か…そうだよな先輩より友達だよな。落ち込んだのも束の間「てりゃっ」名前がかわいい声を上げて高尾にデコピンを喰らわせた。な、何してんだよかわいいな…!高尾羨ましい。痛さより驚きが勝ったのか「どうしたの名字ちゃん」と疑問を浮かべる高尾に名前は頬を膨らませた。「高尾くん口軽い」ああそうだな、高尾は口軽いよな。さっきのことを俺に言われたのが嫌だったのだろう。いや俺は知れてよかったけど。「先輩が気にするようなこと言わないで」そう言う名前は完全にご立腹だ。ああ、もしかして俺の為に怒ってくれてるのか?その気持ちだけで俺は死ぬ程嬉しい。名前は高尾が痛がっていないのが不満なのか、隅っこで不貞腐れてしまった。なんだあのかわいい生き物。きっと名前は高尾が痛がるまで満足しないだろう。「俺が代わってやろうか?」頭を撫でながらそう言ったら「せんぱぁい…!」と涙目で甘えた声を出された。名前がかわい過ぎてくらくらする。俺の顔は尋常じゃないくらい真っ赤になってるんだろうな。抱き締めたいしキスしたいしそれ以上もしたい。そんな邪念を祓うように、高尾を思い切り叩いた。まあ許せ。


(邪な想いには気付かないでくれよ…?)


130507
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