最近寝不足に陥っていた。その理由は名前だ。いや、別に名前が悪い訳じゃない。悪いのは俺の性格と体質だ。学年が違えば、それだけで学校での遭遇率が思いっきり下がる。いくら俺が偶然を装って用もない一年の教室の前を通っても、購買に名前が現れるのを待っても、会える日は少ないのだ。…というか、マジでこれストーカー並の行動じゃないか。訴えられたら終わりだが、そこは彼女のスルースキルに助けられている。俺に会った時の名前の嬉しそうな顔を見ると少し悪い気もするが、嫌がられてないから多目に見てほしい(嫌がられてもやめないが)。それでも足りなくて。会えなかった日はどうも眠れない。会えて嬉しかった日もテンション上がって眠れないが、それとこれとは話が違う。というか次の日の気分が違うのだ。
毎日会える高尾と緑間が羨ましい。しかも高尾はこの前、休憩中に名前にメールを送っていた。内容は緑間のラッキーアイテムのことらしい。それくらいでメールすんなよ。ムカつく。仲良くてムカつく。結局高尾の「宮地さんも名字ちゃんとメアド交換すればいいじゃないっすか」という一言に釣られた。名前はなんの抵抗もなく教えてくれて、今では学校で会えなかった日を目安にメールしている。毎日だと流石に引くだろ?まあ俺の行動は既に気持ち悪いし引くに値するだろうけど…。毎日メールするなんて、彼氏でもないんだから無理だ。本当は毎日したいけど。

「…宮地、聞いてたか?」
「え…悪い、なに?」
「最近上の空だな…大丈夫か」

そういえば大坪たちと話していたのを思い出した。大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら確実に大丈夫じゃない。名前が好き過ぎておかしい。言わないけど。
不意に窓の外を見ると、名前が何故かゆっくり歩いているのが見えた。機嫌が良いみたいだが、なんだあの歩き方は。かわいい。ペンギンみたいだ。ペンギンは大してかわいいと思わないが。思わず凝視していると、それに気付いた大坪と木村が同じく名前の方を見た。「ああ、宮地の好きな子か」「この前部活見に来た子な」お前ら見せ物じゃねぇぞ見てんじゃねぇよ。ってか大坪はなんで俺が名前のこと好きなの知ってんだよ。エスパーか。「いや、お前の視線が熱烈過ぎるんだよ…」マジか。他人に感じ取られるまでになったのか。…じゃあなんで名前は気付かないんだよ。天然かわいいけど!「でも宮地の推しメンとは雰囲気違うな」…まあ、確かに全く別のタイプだけど。容姿だけで好きになった訳じゃないし、俺は名前がこの世で一番好きだし愛してるんだよ。…愛してるとか独りよがりもいいとこだけど。気持ち悪いな俺。…アイドル好きなのが名前にバレて「清志先輩ドルオタだったんですか?…気持ち悪い。」とか言われたらどうしよう。いや、ちょっと言われたいとか思って、ない…こともない、けど(ほんと気持ち悪いな俺)。名前はそんなこと言わないだろう。「清志先輩アイドル好きなんですか?いいですね」これが正解だ。ああでも「先輩、アイドルと私どっちが好きなんですか!」とか泣きながら言われてぇ…!無いだろうけど。結局何が分かったかって、名前はどんなこと言おうがかわいいことが判明した。知ってたけど。
しかしそんな妄想は一気に打ち砕かれた。名前が突然男に話し掛けられたからだ。なんだよあいつ、気安く話し掛けてんじゃねーぞ。名前もほいほい寄って行くなよ。「…木村、軽トラ」「見知らぬ相手轢くなよ」「そんなに仲良く見えなかったしな」大坪の言う通り名前もあんまり楽しそうに喋ってはいなかった。でも、それでも苛々してる俺はやっぱり心が狭い。今日俺は名前と会ってないし話せてないのに。狡い。ムカつく。一気に不機嫌になった俺を見て大坪も木村も呆れていた。夜になって名前にあの男のことを問い詰めると、そいつは名前の記憶にはっきりと残っていた訳じゃなかった。特に仲良くもないし、名前もあやふやだったらしい。でも、きっとそいつは名前に惚れてる。話し掛けた時の顔には下心しか見えなかった。俺の贔屓目なしでも名前はかわいいし、純粋で素直だし、きっとモテるのだろう。面白くない。俺と同じような感情を持っている奴がいるだけで気が狂いそうだ。轢いて回りたい。
…そんなことより、名前に少し冷たく当たってしまった。嫉妬で焦ってたとはいえ、メールの文章にまでそれが出るなんて重症だ。明日謝る。明日は絶対会うストーキングしてでも会う。…はぁ、自分でも引くわ。

そこそこ眠れないまま夜が明けた。気が重い。眠い。部活はいいけど授業出たくない。
昼休みになったので名前を探して徘徊していると、一階の廊下の隅で高尾と座り込んでいるのを見つけた。…その座り方、もうちょっとで見えるぞ。他の奴が見たら殺す。まあ抜けてる名前もかわいいが。それにしても高尾と二人で何してるんだ。

「俺も名字ちゃんのこと好きだよ」

名前の嬉しそうな顔を見て背筋が凍りついた。なに言ってんだ高尾。お前名前のこと好きだったの?しかも、俺もってなんだよ、つまり名前も高尾が…。考えただけで吐き気がする。苦しい。気持ち悪い。それでも二人に近付くと、先に気が付いたのは高尾だった。どうやら俺の様子と状況で全部察したらしい。こいつは空気が読めるんだか読めないんだか。高尾が何か言ってるが全く聞こえない。俺の目には名前だけが見えていて、耳には名前の声しか聞こえていないのだ。「名前、ちょっとこっちおいで」出来るだけ優しく言ったつもりだったが、少し怯えたような顔をしていた。相変わらず人の雰囲気や表情には敏感だ。気持ちにも少しは敏感になってほしいものだが。
戸惑いながらも一緒に来てくれたのはいいが、何から聞けばいいのか検討もつかない。「清志先輩」名前に呼ばれたらいつもすぐに返事を返すが、今はそんな余裕もない。高尾が好きとか、付き合うとか言われたら生きていける気がしない。暫く後ろを向いていると、突然背中に軽い衝撃を受けた。体に巻き付いている腕は間違いなく名前のものだ。慰めようとしてくれているのか。嬉しい。でも。高尾が好きなのに、そんな安売りしていいのか。「…名前」「はい!」何故か元気な返事が返ってきた。やっぱり慰めようとしてくれている。少しだけ困惑した表情の名前に思わず笑みが溢れた。「高尾は、いいのか?」やべ、声震えてるな。情けない。わざわざ聞くとか自殺行為だろ。でも、名前の口から否定の言葉を聞きたい。

「高尾が好きなんだろ?」
「高尾くんも緑間くんも、清志先輩も好きですよ」

…なんか緑間増えた。でも、やっぱりそういう話か。本当はどこかでそう分かっていたはずなのに、名前のことになると冷静さの欠片もなくなるのはどうにかした方がいい。「高尾と付き合わない?」「付き合わないですよ」「じゃあ俺が毎日メールしてもいいの?ウザくないか?」「メールですか?ウザくないですよ。いっぱい構ってくれて嬉しいです」高尾と付き合わないということと、どさくさに紛れて毎日メールする許可も得た。構ってくれて嬉しいって、お前小動物かなんかなの?ああもう名前がかわい過ぎておかしくなる。もうおかしいけど。
まだ抱き付いてくれていた名前を引きずって体育館の壁に寄り掛かり、膝の上に乗せて座り込んだ。恥ずかしそうに顔を赤らめているが、文句は言わない。ただ我慢しいなだけか、俺のいいように解釈してもいいのか。「…名前」「はい?」「俺は名前が好きだよ」このタイミングで言ったらお前は正しく解釈してくれないだろうけど。でも、今はそれでいい。俺がお前に依存しているのと同じくらい、名前が俺を好きになってくれたその時にまた言おう。「私も好きですよ?」「いや、違うんだよ」好きの意味も、種類も、想いも、全部違うんだよ。
なあ名前、俺、結構自信あるんだ。お前が俺のこと好きとか、笑顔が好きとか言ってくれるから。そんなの嫌でも自信になるだろ?嫌な訳ないけどさ。お前が鈍感過ぎて気付かなくても、もし他の男を好きになってしまっても、俺はお前に嫌いって言われるまで諦めないよ。


(いちごみるくとか名前が持ってるだけでかわいいな…)


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