宮地くんの隣のあの子は、とっても素敵な人だった。勉強も運動も出来て、容姿も整っているというか、女の私から見てもかわいいと思う。憧れなんて言ったら聞こえはいいかもしれないけど、きっとこの気持ちの名前は嫉妬なんだ。自分の気持ちにまで嘘はつきたくない。
顔の造りはどうにもならないけど、少しくらいなら真似出来るかな。あの子みたいに髪を伸ばそうか。でも、 私があんなかわいい髪型したって笑われるだけ。お化粧も出来ればしたくない。どちらも以前挑戦して、「似合わない」と笑われた記憶があるからだ。 ないものねだりだった。私はどんなに飾ったって、私でしかないのに。
廊下を歩いているとあの子が宮地くんを呼ぶ声がして、無意識に私も反応してしまった。かわいい声。それも私にはない。だけど、ねだっても誰も与えてはくれない。悲しい。悲しいけど、思ったより悲しくない。手に入らないって分かってるから。無理矢理にでも分かろうとしてるから。どうにかして、傷付かないように生きようとしているから。

「名字」

宮地くんの優しい声がした。
どうしてここにいるの。あの子は?付き合ってるんだから、私に話し掛けない方がいいと思う。彼女と一緒にいてあげなきゃダメよ。…そんな言葉は、頭の中で消えてしまった。言えない。言ったら宮地くんはいなくなってしまう。また、彼女のところへ行ってしまう。私は隣にいちゃ、いけないのに。その考えはあっさりと砕けてしまった。ああ、なんて浅はかなんだ。所詮私は自分のことしか考えられない、醜い人間なんだ。
さっきまで宮地くんがいた場所に、あの子は笑って立っていた。その笑顔は暖かくて眩しいものだけど、今の私にはとても残酷に見えた。私が宮地くんといても、笑顔でいられるのね。やっぱり彼女とは人間としての出来が違うみたいだ。私は宮地くんがあの子と一緒にいるだけで心臓を抉られるようなショックを受けるのに?どうして平気なの?そんなにも、あの子の心は綺麗で広いのだろうか。

「…彼女、待ってますよ?」
「え?」

思わず、言ってしまった。こんなに汚いことばっかり考えていたら、いつまでも妬みと不満ばかりの女になってしまう。視線をあの子の方へ向けると、宮地くんも一緒に振り返った。二人が見つめ合っているだけで息絶えそうだ。これは自殺行為かもしれない。それでも、少しでもこの嫌な性格を改善したい。宮地くんと彼女が一緒にいるところを見ても、平気でいられるようになりたい。
ところが、宮地くんは何故か焦ったように私に向き直った。どうしたのだろう。なんだかすごく顔色が悪い。
…もしかして、付き合ってること、隠してるのかな。二人とも公言はしてないし、私はよく宮地くんを見ているから気付いただけだ。きっと私以外は知らない。隠さなくてもお似合いだからいいんじゃないだろうか。文句を付ける人はいない。私のは文句じゃなくて嫉妬だから。
深刻そうな顔をした宮地くんに名前を呼ばれた。何を言われるのだろう。このことは秘密にしてほしい、とか?恋愛ってそういうものなんだろうか。少しだけ、面倒だな。

「俺とあいつ、付き合ってない」
「え…?」
「名字には、勘違いとかされたくない、から…」

顔を真っ赤にして言われたその言葉に、動揺を隠し切れない。当たり前だ。好きな人にそんなこと言われて、期待しない人なんているのだろうか。
――いや、私がいた。私の場合は期待しないことが、傷付かないことに繋がっているからだ。もし宮地くんが私のことを好きでいてくれたら、なんて淡い期待を抱いてしまうと、違った時の恥ずかしさとショックは計り知れないものになってしまう。自分を守るために、私は過度な期待をしないように生きてきた。それが吉と出ても、凶と出ても、傷付くよりはマシだから。
でも、だけど。もし、仮に、少しでも、期待することが許されるなら。宮地くんに好きと言えるチャンスがあるなら。私が愛される可能性があるなら。

「宮地くん…」
「なんだ?」
「もし、私が、宮地くんの隣にいても恥ずかしくない女の子になれたら…振り向いてくれる…?」

初めて、勇気を出した瞬間だった。告白なんて、生涯することはないだろうと思っていた。告白、にしては言葉足らずだと思うけど、臆病な私が面と向かって好きなんて言えるはずがない。
さっきまで人がたくさんいた廊下には、いつの間にか誰もいなくなっていた。騒がしかった教室の扉も何故か閉ざされている。私と、宮地くんだけが共有している空間だ。少しだけ気不味くて、それなのに心地良いとも思える。やっぱり私は、宮地くんのことが好きなんだ。
一方宮地くんは、少し難しそうな顔をしていた。告白の返事を待つのは、なんて息苦しいんだろう。天国か地獄か。極端過ぎる発想だけど、この例えが一番合っている気がする。もうどちらでも構わない。早く楽にしてほしい。今まで味わったことのない空気というのは、やっぱり少しだけ気持ち悪かった。
いつもより真剣な表情の宮地くんが、視界に私を捕らえる。宮地くんの大きくて綺麗な目は、しっかりと私を映して、それだけで胸が高鳴った。否、その理由だけで高鳴っている訳ではないのだが。

「振り向くっつーか…俺は今の名字が好きだよ」


頭クラクラリ、
(彼は、あの子じゃなくて、私でいいと言ってくれた)(他の誰でもない、お前でいいんじゃなくて、お前がいいんだ)


130305
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