彼を無意識に目で追うようになったのは2年と少し前のことだ。テニス部に強い1年生が入ったと聞いて見に行ったのが始まり。そして1ヶ月もしない間に、生徒会活動で共に仕事をこなした。部活と生徒会を両立させるだけでもすごいのに、頭まで良いなんて。そんな嫉妬をしたこともあった。
異性として意識し始めたのは2年生になってから。生徒会での働きを見てか、彼から直々にマネージャーを頼まれた。何度断っても頼まれて、折れたのが地区予選の前だ。大和部長のいなくなった青学は相変わらず関東大会止まり。それでも彼のポーカーフェイスは崩れなくて、逆に私が泣いてしまった。無言で抱き締められたらどきどきしないはずもない。手塚のことが好きだと気付いた。
3年生になった直後、手塚から告白された。「必ず幸せにする」なんて、プロポーズ紛いなこと言っちゃって。なんだか笑えた。そして、その年の青学は全国ナンバーワンのチームになった。越前の加入や手塚の負傷、問題大アリだったけど、みんなで乗り越えたのだ。

「楽しかった、ね」
「…ああ」

楽しかったことも辛かったこともいい思い出で、話は尽きない。それでも時々沈黙が訪れるのは、周りから聞こえてくる外国語やアナウンスのせいだろうか。
――あれからUー17の合宿に行ったみんなは今も練習、もしくは試合中だろう。そんな中、手塚は今日ドイツへ向かってしまうのだ。ずっと前からスカウトされていたわけだし、なんか今更って感じ。「今はみんなと全国で戦いたい。」あれは、全国大会が終わったらドイツへ行きたいという意味だったのだろうか。そんなこと昔も今もわからない。わかりたくないのだ。
ドイツへ行ってしまえば、もちろん暫くは会えない。この意味は誰に言われなくたってわかっている。今まで過ごした時間を、全部捨てなければいけない。飛行機が来るまであと15分。この時間が経てば、彼と会うことも彼を想うことも許されなくなる。

「名前、」
「…なに?」
「酷いことを、言ってもいいだろうか」

目の前には滅多に見られない儚げな表情をした彼。私にそれを拒む権利なんてないのだ。一緒にドイツに行くことも出来ないし、彼の夢を邪魔するなんて嫌だ。どんなに悲しくてもこれが現実で、これが私に出来る唯一のこと。どんなに辛くても、私が受け入れなきゃ前に進めない。
覚悟を決めて彼の瞳を見つめる。それはいつものようにしっかりと私を射ているようで、どこか焦点が合ってない気もする。どうしてそんな顔するの?手塚は迷うことなんて、1つもないんだよ?精一杯の笑顔を作って「いいよ」と呟くと、予想外の言葉が耳に入ってきた。

「待っていてくれないか」
「………え?」
「俺がプロになって、お前を迎えに来るまで」
「…ちょっと待って、話が見えないわ」

手塚は、酷いことを言ってもいいかと言ったはずだ。その口から出てくる言葉は、別れを告げるもの、或いは謝罪か何かだと思っていた。そういったものに対して笑顔で振る舞うリハーサルもしたし、何があっても泣かないつもりでいたのだ。
でも手塚は「待っていてくれないか」と言ってくれた。疑問系でないところも彼らしい。その言葉が何度も頭の中でリピートされて、自然と涙が溢れてくる。きっと別れを告げられても結局泣いていただろうけど、やはりこんなところで涙を見せるのは恥ずかしい。
止まらない涙に戸惑っていると、手塚が腕を引いて抱き締めてくれた。ここは空港のロビーで、人もいっぱいいる。でも、嬉しくて手塚の胸を押し返すことは出来ない。

「ばか、待つに決まってるじゃない」
「本当に、待っていてくれるんだな」
「ずっと待ってるわ」
「浮気はしないな?」
「100人の男の人より手塚がいいもの」
「…1000人ならどうだ」
「もちろん手塚がいいわ」

そう言えば、仏頂面だった手塚の表情が少し柔らかくなった気がした。ほんとはずっと一緒にいたい。それでなくても部活で忙しかったのに、彼女放ってドイツに行く彼氏ってどうなのよ。…なんて、手塚に我が儘なんて言ってあげないけどね。
幸せも束の間で、ドイツ行きの飛行機の案内が流れてきた。名残惜しくも手塚の胸を押して、体を離す。これからずっとお預けになるなら、もっと触れればよかったのに。辛くないと言ったら嘘になるけど、永遠のお別れよりずっといい。
「いってらっしゃい」と笑顔で告げた瞬間、手塚の唇が私のそれに重なった。外で、しかもこんなに人がいるところでキスしたのなんて初めてだ。涼しい顔でうっすらと笑みを作った手塚は、その指で私の頬を撫でた。

「愛してる」

…そこは「いってきます」でしょ、ばか。


思い出を飲み込んで
(今は自分の道を進んでくれればいい)



120609
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -