お金持ちっていうだけで勝手に偏見持ってたけど、跡部景吾ってのはやっぱりいい奴だ。まぁ思った通り常識はないけど、感覚や考え方は私とあまり変わらない。話も合わせようとしてくれるし、私の好きなものとかも覚えていてくれる。なんでこんなに完璧なのかしら、なんかムカつく。
恋人にしたいーってのもわかるよ、完璧過ぎてちょっと嫌だけど。もういっそ景吾と付き合いたいと思うものの、時々チラつく千石の顔にイライラする毎日を送っている。デート宣言をしたあの日から一方的に避けてるんだけど、最後に見せた千石の悲しそうな顔が忘れられない。やっぱりちゃんと別れてないのが心残りなのかな…。

「名前?」
「…何?」
「浮かねー顔してんなよ。皺寄ってるぜ」
「えー…」

景吾に突かれた眉間に手を当てて苦笑した。私だって好きで浮かない顔してるわけじゃないんだけど。やはり頭の中から千石を抹消するためには、きちんと別れるしかないようだ。いくら待ってもあっちから言ってこないわけだし…変な意地張ってても仕方ないよね。
明日言おうと覚悟を決めていると、隣にいる景吾がちょんちょんと私の肩を突っついてきた。何事かと思い彼の指差した方向を見てみると、相変わらず目立つオレンジ頭の千石がいた。また、女の子と一緒か…。
これが彼のポリシーなんだから仕方ないんだよな…。そう思いながら見ていたのだが、どうも様子がおかしい。いつもはノリノリな千石が、今日は女の子の方に押されているのだ。もしかして逆ナン…?いやでもそれ千石にとってはただのラッキーだよね。相手の女の子可愛いし。

「なんだ、珍しく断ってるじゃねーか」
「珍しいどころの話じゃない。死活問題だよ」
「だな」

ナンパ野郎じゃない千石なんて千石であって千石じゃない。怖い。見せ物を見るような目で観察していると、漸く相手の女の子が引いたようで、千石が苦笑いを返して逃げていた。お、女の子にもあんな笑い方するんだね…!
思わず景吾と一緒に眺めていると、こちらに気付いた千石とばっちり目が合ってしまった。え、これ逃げるやつだよね。理由はよくわかんないけど。「また夜にメールするね!」「勝手な奴だな呼び出しておいて」景吾も空気を読んでくれたようで、そんな会話を飛ばして手を振ってくれた。ナイス景吾!

「跡部くん!」
「…俺と話すより名前を追いかけろよ」
「わかってる、けど…君に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「………。」

千石と景吾が何か話しているようだったけど、地獄耳じゃないんだし聞こえるわけもない。あとで景吾に聞いておくか。
近くの公園まで来たところで振り返るが後ろには誰もいない。もうこの辺りでいいか。携帯を起動させて景吾に謝罪のメールを打つ。せっかくアイス食べに行く約束してたのになぁ…。
携帯の操作に気を取られていると、突然誰かに後ろから抱き付かれてしまった。不審者かと思い痴漢撃退用に友達から習った護身術を繰り出す。護身術なんていつ使うんだよと思ってたけど、意外と反射的に出るもんだな。呑気な考えに浸っていたが、攻撃した相手を見て思わず冷や汗が流れた。やべ、千石だったのか。

「なんか…ごめんなさい」
「い、いや…俺も悪かったし」
「…それじゃ、」
「ま、待ってよ!」
「いたたたたっ!力入れ過ぎてる!」

腕を掴んできた手の力が強過ぎた。何をそんなに焦ってるんだあんたは。意外とすんなり手を離してくれたけど、なんとなく逃げる気にはなれない。…そんな捨て犬みたいな顔されたら、ねぇ。
仕方なく付き合うことにしたので、千石にジュースを奢らせて公園のベンチに腰かけた。あ、これ炭酸だったのか。

「…この間のことなんだけどさ」
「あー、うん(炭酸痛いなぁ)」
「名前と付き合ってるのに他の女の子に声掛けたりした自分が悪いってわかってる」
「そうだね(しかも無果汁だよこれ。参ったなぁ、)」
「自分のこと棚に上げてるかもしれないけど、俺やっぱり名前が他の男と仲良くしてるところは見たくないんだ」
「…はぁ、りんごジュースにすればよかった」
「………名前、話聞いてた?」
「えっ、」

やっべ、あんまり聞いてなかった。ごめんねと苦笑いで返すと、千石は急に脱力してしまう。やけに真剣な顔だったけど、結局何が言いたかったんだろう。
聞き返そうかと思ったけど、彼の性格だと恥ずかしがって教えてくれないだろう。大事な話だったのかな。呆れて帰っちゃうのかな。ぐったりしている千石をじっと見つめていると、私の視線に気付いて顔を上げてくれた。…千石が目を逸らさないなんて珍しいこともあるものだな。恥ずかしいからか後ろめたいことがあるからかはわからないけど、何かと目を逸らすことが多かった(あんまり気にしてなかったけど)。
そのまま千石の顔が近付いてきて、俗にいうキスの体制に持ち込まれた。うん、キスね……。とりあえず止めようと思い千石のほっぺを両手で挟んでやった。

「えいっ」
「…ちょっと空気読もうか」
「だが断る」
「…俺が悪かったから、もう許してよ」
「私が許しても千石が許さないよ」
「?…それどういう意味?」

だって、千石より景吾と付き合いたいとか思ったし。遠回しに別れ話をすると、情けない顔がさらに真っ青になった。…こういう時はメンタル弱過ぎだよね(アンラッキーで片付けられないのかしら)。そもそも千石のことあんまり怒ってないし、時間もったいないから。あははと笑って重い空気を受け流し、回れ右をして反対方向に歩きだそうとした。…また千石に止められた。

「駄目!お願いだから捨てないで!」
「千石も私と付き合ってたらナンパ失敗するよ」
「もうしないから!」
「好きなこと我慢すると体に悪いって」
「名前っ!!」

聞こえない聞こえない。その後も千石が家まで付いてきたけど無視ですよね。全くしつこいんだからー。
――それから一週間ほど、千石にナンパとストーカー紛いなことをされ続けた(嫌がらせかと思った)。それくらいで折れてしまうようでは、私もまだまだ甘いのかもしれないなぁ。


僕には君が必要だった
(あ、千石、あそこの女の子可愛いよ。ナンパしてきな行ってきな)(しないから!そしていつになったら名前で呼んでくれるの!?)(だが断る)(跡部くんは名前で呼ぶくせに!!)


(title)確かに恋だった

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