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わたしの春を青くしたひと


※3月の〜に出てくる治と女子大生の馴初めのようなそうでないような。女子大についての誤った表現があるかもしれません。本当になんでも許せる方のみ。
















“この人がええ” 目が合った瞬間、そう思った。



中高大といわゆる私立のミッション系お嬢様学校で育ったなまえは、自分が世間知らずの箱入り娘なのだということに気付き始めていた。

女子大に出会いがないというのはある意味正しくて、ある意味正しくない。確かに男子学生はいないけれど、学内のサークルはほとんどが近くの有名大学と合同のインカレサークルだし、その気になれば合コンお誘いは腐るほどある。

私立のそれなりに名の通った女子大というのは、一種のブランドだ。
名前を出せば大して頭が良くなくても大してかわいくなくても、世間からちやほやされる。
いや、世間と一括りにするのは失礼だろうと思い直す。“そういうこと”を気にする“そういう”若い女が好きな、“そういう”人間たちから持て囃されるのだ。

アホらしいわ、となまえは思う。
若さも美しさも、やがて失うことになるものに一体どれほどの価値があるだろう。

この大学の創始者が目指した建学の精神を胸に、勉学に励んでいる者などどのくらいいるだろうか。
友人たちの多くはその限られた期間のブランドを存分に活かし、華の女子大生活を謳歌していた。
彼女たちは、なまえからしたらそれだけで充分魅力的なのに、まるでそうすることが義務かのように寸暇を惜しんで美しさを磨く。

オシャレに興味がない訳ではないけれど、それは男性に気に入られるためにするものではなく、自分のためにするものだと思っていた。
そう言うと友人たちは口々に「あんたはまだほんまに人をすきになったことがないんやわ」とか「なまえは理想が高過ぎるんよ」とか「せっかく元はええのになぁ」と言ってからから笑うのだった。なまえそれが気に食わない。
でも、恋をしている友人たちはすべからく楽しそうで、笑ったり泣いたり忙しくて、それがほんの少しだけ羨ましい。

スカートよりパンツが、ロングよりショートがすきで、パステル系や中間色よりもはっきりした色がすき。
オシャレは楽しいけれど、もっぱらの関心は食べることで、下手をすると同世代の男性顔負けの量をペロリと平らげる。

気は強くないくせに変な正義感はあって、小学校のとき女子のスカートめくりをする男子に注意をして「男女」だとか「生意気」だとか言われていじめられたことがトラウマとして残っていた。その出来事は、男はガサツで乱暴な生き物だという先入観をなまえに植え付けた。

お世辞にも男受けするような奥床しい性格ではないし、その後エスカレーター式で女子校に通ってしまったせいで男性への免疫もない。
だから高校で進路を考え始めたとき、何か手に職をつけようと心に決めた。自分ひとりが食うに困らないように。

これを世間ではこじらせているというのかもしれないが、なまえは至極真剣だった。



***



夏休みに入ると、休みの間だけ、と友人に誘われてイベントスタッフのバイトをすることにした。

仕事は派遣される会場によって受付をしたり物販をしたりと様々で、その日は朝からイベントに出店している企業のブースに立って試供品を配る、というのが主だった仕事だった。
人が足りていないようでやっと昼休憩に入れたのは14時過ぎ。愛想笑いを浮かべていたせいで、顔の筋肉は痙攣を起こす直前だったし、朝から立ちっぱなしで足はパンパンだ。
会場のロータリーにはコンビニもあったけれど、匂いにつられて自然とフードスペースに足が向いた。フードスペースには今日のイベントのために何店舗か飲食店が出店していて、おにぎり宮はそのひとつだった。

空腹を通り越してもはや腹の虫は沈黙している。早く座って何か口に入れないと。
こういう時は米だ、ほかほかの白いご飯。
確かにこの時なまえはそう思って店を選んだのだが、後から考えるとおにぎり宮がフードスペースの一番端っこ(つまり入口に1番近い)に出店していたことが1番の理由だったかもしれないと思う。

「しゃけと明太子と鶏そぼろ、山椒ちりめんと…あ、あとこの……トロもください」

店員の顔も見ず、メニュー表を凝視しながら頼むと「ふふ」と頭上から微かな笑い声が降ってきた。


「お姉さん、それだけでええのん?」


それだけで、ええのん?
空腹過ぎて回らない頭で今言われれたことをゆっくりと反芻する。

………からかわれた、暗に女ひとりで食べる量ではないと笑われているのだ。
いくら腹が減っていて脳にぶどう糖が足りない状態だからといって、それは理解出来て思わずカッと頬が熱くなる。それにしてもなんて失礼な店員やろ。何か言い返してやらんと、と思って顔を上げた瞬間に後悔した。たった今自分をからかった相手がとても整った容姿をしていたせいだ。

何この人、めっちゃかっこええ…!

みょうじなまえは女子校育ちで、男性全般に免疫がないが、ことさらイケメンに対しての苦手意識が強かった。
だって、何を喋ったらいいか分からない。
その上この人はガタイがよくて落ち着いている。体育会系に縁がない人生を送ってきたなまえにも、彼のこの厚い胸板は何かスポーツをやってきた証なのではないかと想像することは容易かった。


固まってしまったなまえが、てっきり気を悪くしたと思った治が「あー、気ぃ悪くしたんならすんません。たくさん頼んでくれはるから嬉しゅうなって」とフォローを入れる。


ちょうど人がまばらになった時間帯だったのも幸いして、おにぎりを持って店の前のテーブルに腰を下ろすと、間をおかずに店員が「お詫びに……」と言って、ほかほかの味噌汁とだし巻き玉子を持ってやってきた。


この人、かっこええ上に優しいんやなぁ。


6年間以上、男子禁制の地で過ごした彼女は優しさのハードルが著しく低い。


「……どうも、ありがとうございます」
「声、ちっさ」

そんな怖がらんでも、とって食うたりせぇへんよ。

笑い含みに言われてなまえもぎこちなく笑みを浮かべる。
店員は戻る気はないようなので、仕方なしに目の前でおにぎりをひと口かじる。
ひと口かじると、空腹が思い出されて止まらなくなった。もうひと口、さらにひと口。味噌汁はしじみと合わせ味噌の優しい味がしたし、玉子は出汁がよく効いているのが分かるのに、しょっぱくなくてちょうどいい。

「めっちゃ美味しい……」

思わず感嘆の溜息を吐くと、なまえの食べっぷりを隣で眺めていた店員がこれまた感嘆の声をあげた。

「お姉さん、よお食べるなぁ」

見事な食べっぷりやわ。ほんまに腹減ってたんやなぁ。

心底感心したと言うように笑顔をみせる店員になまえの頬には再び血がのぼっていく。

この人は、他の男の人とは少し違うかもしれん。

そう思ったが最後、男性経験がないどころか初恋さえまだのなまえが、生まれて初めて知った気持ちに名前を付けるまではもはや秒読みだ。

なんやろう、うち……この人と結婚したい。

折り紙付きのこじらせ女子は、数段飛ばしでそう思った。そんな彼女の思惑を知るよしもなく、治は治で悪気なく、勘違いを誘発するようなことを言ってのける。

「………ぎょうさん食べる子はかわええなぁ」



***




その日、みょうじなまえは恋に落ちた。

宮治が双子であることも、高校バレー界で最強ツインズと呼ばれていたことも、その片割れが日本代表選手として活躍する宮侑だということも知らずに。

押してダメならもっと押せ、が信条の彼女が治を射止めるのはまだ少し先の話だけれど、確かにこの日、まだ男を知らない筋金入りの箱入り娘と、三度の飯が何よりすきな天然たらしは邂逅を果たした。



わたしの春を青くした人

(だって、めっちゃすきなんやもん!)

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