純情の不純
東北の冬は長く厳しい。
加えて年が明ければすぐに受験シーズン突入という年度末の教室は、見えない閉塞感に押しつぶされてしまいそうな、息苦しい重厚感がある。
しまった、数学の問題集を置いてきた。
そう気付いたのは、昇降口の手前だった。
ごめん、先帰ってて、と友人に声をかけ教室へと急ぐ。
机から目的の問題集を取り出し顔を上げると、窓の外には雪がちらついていた。窓から見える校庭は白一色。見慣れたその光景が、ふいに神聖なものに思えて目が離せなくなる。
「どこ受けるの」
ビクリ。自分ひとりだと思っていた教室内に響いた声に、驚いて肩を揺らす。
「国見くん」
あわてて振り向いた先には、予想外の人物が立っていた。
「部活出てきたの?」
「うんまぁ、後輩のところにちょっと」
北川第一中の男子バレー部は県内屈指の強豪だ
。推薦で早々と進学先を決めた彼が、放課後は後輩たちと練習を共にしていることは知っていた。
「みょうじさんは高校、どこ受けるの」
ゆっくりと、丁寧に。
今度は主語を省かずに言い直された言葉がじわじわとわたしの退路を断つ。いつも眠たげな双眸に捉えられ、心拍数がグンと上がるのがわかった。
「あ、青葉城西」
声が震えないように、そう返すのが精一杯だった。
ーーみょうじの成績なら、白鳥沢も圏内だ。
担任や両親の勧めを押し切って、青城の進学コースに決めたのは、制服が可愛いとか、通学しやすいとかそんな理由だけじゃない。
その核にあったのはーー
「国見くんも青城だよね」
目の前に立つこの人がいたからだった。
なんてきれいな男の子だろうと思っていた。中学1年の春、緊張に顔を引きつらせながら入った教室でひと目みたときから。
サラサラの黒髪に色白の肌がよく映える恵まれた容姿をしていながら、いつも眠たげに細められる眼となにを考えているかわからない独特な雰囲気。
他の男子みたいにつるんで大きな声を出さないし、ガツガツしていない。飄々としているようで、心を開いた人間の前では案外饒舌だったり。そんなギャップがおかしくて、きれいな人、だった国見くんの印象が可愛いらしい人だな、に変化した1年の終わり。長い、長いわたしの片想い。
「俺、もう推薦で決まってるんだよね。バレーの」
「羨ましい限りです」
「...なんかごめん」
困ったように眉を寄せる国見くんにクスクス笑いが止まらない。まさか彼と一対一で話せる日が来るなんてと頭の片隅で思う。
「似合うと思う」
「え」
国見くんは主語を抜いて話すのがクセだなぁと感心しながら顔をあげると、斜め下に視線を泳がせながら彼がポツリとつぶやいた。
「青城の制服、みょうじさん似合うと思う」
正直、なんと返答したか覚えていない。
そんなことないよ、国見くんの方が似合うよ。モゴモゴとかすれた声で無機質な言葉を絞り出すのが精一杯だった。
やっぱり、国見くんが好き。
興味もなさげに投げ出された一言にこんなに胸が締め付けられるのだから。
高校でも3年間、国見くんのことが見れたらいいな、その間に別の誰かを好きになるかもしれないし、国見くんが別の女の子と付き合い出すかもしれない。
片想いの人と同じ高校に通いたいなんて、端からみたらちょっとイタイ奴かもしれないけど、けど、それでいい。
白と淡いグリーンを基調とした青城の制服はきっと彼によく似合う。まだ見ぬ春を思ってわたしの心は明るかった。
彼の顔が仄かに赤かったことには、わたしはまだ気付けない。
純情の不純(きっとわたしの一目惚れは、ゆっくりで長い)[
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