小説 | ナノ



苛烈で純情・ピンク


※同棲前のお話。宮侑が出張る

「なんで?!なんで臣くん俺にだけ彼女見せてくれへんの?!」
「うるさい寄るなあっち行け」

日本バレーボールVリーグ、1部所属のMSBYブラックジャッカルのロッカールームで繰り広げられるこの2人の攻防に、チームメイトたちはまたか……と内心溜息を吐いた。


佐久早聖臣と宮侑は歳も同じなら、学生時代は関東の井闥山学院と関西の稲荷崎という強豪校でインターハイの決勝でも対戦したことがあるという因縁の仲。
宮の方が食ってかかって、佐久早がそれを冷たく受け流す……という構図が出来上がってはいるが佐久早の方も大概で、お互いに敵愾心を燃やしていることは火を見るより明らかだった。


「どうかしたんですか?」


日向翔陽が2人に声をかけると、練習終わりで突っ込む気力も失せていたチームメイトたちはほっと肩を撫でおろす。


「臣くんが噂の彼女、写真も見せてくれへんねん」
「ああ、なまえさん!」
「なんで翔陽くんは知っとるん!?」
「先週の試合も観に来てましたよ。臣さん取材受けてたから代わりに差し入れ受け取りました」
「何やねんそれ!俺に頼めや!」
「……お前に頼むわけないだろ」


心底この話題を終わらせたいという佐久早の不機嫌な顔をみて、宮は内心ほくそ笑む。


「な、翔陽くん!臣くんの彼女どんな子やった?」
「どうって、普通にきれいな人でしたけど……」


急降下して行く佐久早の機嫌を敏感に感じ取りながら、宮の関心を逸らせようと日向は言葉を続ける。


「あ、あとバレーが大好きみたいです。井闥山でマネージャーやってたらしくて。侑さんのことめちゃくちゃ褒めてましたよ」
「……ほぉん」


本当はなまえは、日向のこともたくさん褒めてくれたし、ブラックジャッカルに入ってチームメイトとバレーをする佐久早は楽しそうだと話したのだが、宮の顔を建ててなんとか引いてもらいたい日向は意図的にその話はしなかった。
彼女が宮のセットがすごいと興奮していたのは本当のことだし、この日の正セッターはサーブで連続4得点を決めるなど絶好調だったので、ギリギリのラインで嘘はついていない。


「なまえちゃんは、井闥山のマネージャーさんやったんやぁ」
わざとらしく口に出してやれば、佐久早はわかりやすく青筋を立てる。そんなチームメイトを見ながら、宮は勝ち誇った笑みを浮かべた。


「……だったら何」


佐久早が不機嫌に吐き捨てると、意地の悪い笑みを顔に張りつけたまま、宮は世にも恐ろしいことを口にした。


「来月の飯綱さんの結婚式、俺も呼ばれてんねん」



***



ああ最悪だ。
よりによって飯綱さんはなんで宮を招待するんだ?
……確か高校の時の台湾遠征選抜で一緒だったとか言ってたな。
それにしても式に呼ぶまでの仲だとは知らなかった。まぁ同じポジション同士、話が合うのかもしれない。
控えめに言っても最悪だ。


挙式に参列するために佐久早は品のいい紺のスーツに袖を通し、祝いの席に相応しいパステルピンクのネクタイを締める。
普段ネクタイはあまり明るい色のものを選ばないので、鏡の中の自分はなんだか見慣れない。
これは完全になまえの趣味で、本当はシルバーグレーかパステルブルーのどちらかにしようと思っていたのだが、買い物に付き合ってくれた恋人があまりにもこの色を推すので、まぁいいかと思ったのだ。

似合うかどうかは別として、確かに淡いピンクは青に近いネイビーのスーツによく映える。

いつもより念入りに髪をセットしながら、高校時代を共に戦った先輩セッターに思いを馳せる。

あの人がいたから佐久早は数ある選択肢の中から井闥山を選び、全国優勝を果たすことも出来た。
人の縁とは実に不思議なものだと思う。

そしてふと思い当たる。高校時代から犬猿の仲だった宮侑とチームメイトになったこともまた奇縁だ。
いくどとなく立ちはだかる稲荷崎の「宮兄弟」にはどれだけ手を焼かされたことか。

高校卒業と同時に実業団に入った宮は、年齢は一緒でもキャリアでは先輩にあたる。
大学でMVPを獲得し、鳴り物入りで入団した佐久早のことを練習に合流した初日から「大卒の甘ったれルーキー」と満面の笑顔で揶揄されたことはきっと一生忘れない。

相変わらず性悪で傲慢。たぶん性質が合わないのだろう、彼は佐久早の機嫌を損ねることに対して天才的な才能があった。


それでも、この2年間で分かったことがある。
宮は人でなしで冗談も大して面白くはないが、バレーボールに対してだけは真摯な人間だ。

スパイカーとチームに対する献身。
優れたセッターは詐欺師のようだと言われるが、あいつはバレーのためなら例え自分の感情さえ欺いてしまえるだろう。そういう凄味が、宮にはある。

プライベートはともかく、バレー選手としてセッターとしてチームメイトとして、自分はあいつのことを信頼している。

……死んでも口には出したくないが。



***



単純に、興味があった。
試合中どんな局面でもクールで眉ひとつ動かさずボールを打つ男が、どんな女を傍に置くのか。

ホテルの披露宴会場に入るや否や、抜け目なくきょろきょろ周囲を見回す。

あ、おったおった。臣くんと古森くんや。
じゃあ2人の隣にいる子がなまえちゃんで間違いない。


「臣くーん!」
「……………」


フルシカトを決めてくる佐久早を意に介さず、3人に近づいて行けば古森元也が人好きのする笑顔で迎えてくれた。


「あ、宮も呼ばれてたんだ」
「古森くん久しぶり」
「久しぶり!佐久早、チームメイトに挨拶くらいしろよ」
「…………久しぶり」
「いや久しぶりちゃうやろ!今朝も寮で会うたやん」

くすくすという笑い声。傍らのなまえが口元を抑えて笑う気配がしたので白々しく聞いてやる。


「そちらさんは?」
「あれ?宮は会ったことない?」


佐久早にチラッと目をやった古森が、短く溜息を吐いて苦笑する。どうやらエース様は黙りを決め込むらしい。


「みょうじなまえ、俺らの代の井闥山のマネージャー」
「初めまして」
「で、2人は付き合ってる」
「ほぉん、そうだったんや」


今初めて聞きましたという体を装おって、古森の言葉に神妙に頷く。
そして不躾にはならない程度に視線をやってなまえを観察する。


――なんやえらい普通の子やなぁ、というのが正直な感想だった。

臣くんの恋人なんていうから、もっとこう……すごいのが来ると思うやん。
エキゾチックで気の強そうな美人とか、清楚で難攻不落なみんなの高嶺の花とか。

学生時代、同じクラスにいたらまぁかわいい子やなとは思ったかもしれない。でもそれだけだ。

くすんだブルーグレージュの長袖ドレスは色白の彼女によく似合う。
茶色いショートカットの髪は柔らかそうで、眉もまつ毛も髪の色と合わせてブラウンに統一してメイクされているのが雰囲気をより優しげに見せていた。

でも、みょうじなまえはあくまで普通の域を出ない。普通にかわいくて、普通に愛想のいい、普通の女の人。


なんやつまらん男やな。高校時代のマネージャーと付き合うてゴールインなんて古臭い話おもんないで。
マネージャーと結ばれてチヤホヤされんのは朝倉南と上杉達也だけやろ。……ガッカリや。


「佐久早!古森!」

宮を思考から引きづり戻したのは、高校時代のチームメイトが2人を呼ぶ声だった。

「行ってきてええよ、なまえちゃんと待っとるから」
佐久早が暗にお前といるのが1番心配なんだという視線を寄越してくるが、気付かないふりをする。古森に腕を引かれ渋々といった風情で歩き出す佐久早を見送った。


「宮さんにはいつもお世話になってます」
2人きりになるとなまえが口を開き、佐久早が迷惑かけていませんか?と眉尻を下げる。

「いやいや、そんなそんな。臣くんはちーっとばっかし協調性がないだけで、ようやってくれはります」
「みなさんのおかげです。宮さんのトス打ってる佐久早は活き活きしてます」
「ほうですか?……って同い年やん。タメ語でええよ」
「じゃあお言葉に甘えて」


それからポツリポツリと高校時代や今のチームの話をした。どうやらバレーが好きというのは本当らしい。


「臣くんの回転は一級品やもんなぁ」
「性格がひねくれてるからボールもそうなるんだよ」
「ふは、なまえちゃんめっちゃ言うやん」


思えば女子とこんなにバレーの話をしたのは、初めてかもしれない。
バレーのことで女にああだこうだ指図を受けるのが、宮は何より嫌いだった。

自分で言うのもなんだが、超が付くほど面食いの自覚がある。
学生の頃から付き合う女の子たちは、チアガールとか学年でも噂になるくらいかわいい子とかいわゆる派手に目立つタイプで、社会人になってその傾向はより一層顕著になった。
駆け出しのモデルやいいとこの箱入り女子大生、見目が美しい女なら腐るほどいる。

火遊びみたいな恋愛は楽しい。
向こうも別に俺に真実の愛を望んで近づいてくるわけやない。柔らかくていい匂いのする女たちとおままごとみたいな話をして、快楽を貪るだけの時間は楽しい。……でも虚しい。


「ブラックジャッカルの宮侑に寄ってきた女なんか相手にすんなや」
見兼ねた自身の半身にキツめに窘められたこともある。

同じDNA、同じ顔、同じ背丈。
この世に双子として生を受けたはずなのに、中身の方は大分違うらしい。
治はバレーより大切なものを見つけてしまったし、けして見た目やスペックだけで人を判断しない。

たぶんバレー以外の面では、自分は欠陥品なのだ。
おそらく、宮が「普通」「凡庸」だと区分する人間もまた宮のことを選ばない。
まともな女は俺には引っかからんのや、という妙な諦念があった。


「宮くんビックリした?関東のサクサの恋人が平凡な女で」
「え」
「顔に書いてあった」
「……うそやん」

なまえちゃん、タチ悪いわぁ。とヘラリと笑いながら内心冷や汗をかいていた。


「ほういえば、臣くんがピンクのネクタイなんて珍しいな」

話題を変えようと、かつてのチームメイトの輪に加わった佐久早の方に目を向ける。

「さすが宮くん。あれわたしが無理やり選んだの」
「ほうなん?」
「うん。自分じゃ絶対選ばない色だから」
「よう似おうとる」


本心だった。アジア人特有の漆黒の髪に限りなく漆黒に近い瞳の色、あのひねくれた性格を差し引いても佐久早は立っているだけで絵になる。
寒色だけで完成された絵に、ひとつの暖色。


……なんか、ええなあ。


自分より自分を知ってくれている人がいるって。宮はいつもより感傷的になっている自分に気付いた。


「なまえちゃんは、臣くんのどこを好きになったん?」
「えええ、いきなりだな」

冷やかしで聞いているわけではない。茶化すつもりなら、わざわざ2人の時に聞く必要はなかった。

どこか……どこ、うーん。暫く考えてから恥ずかしいから佐久早には秘密ね、と前置きして彼女は答えた。
「バレーが、佐久早のバレーが好きだった」


……あかん、殺し文句や。
それって臣くんの場合は全部ってことやん。


「でも佐久早は宮くんのバレーが好きみたいだよ」
「へ?」
「珍しく酔った日に言ってたよ。宮はバレーに対して誠実だって」
これも内緒ね?わたしがバラしたって言ったらたぶん1週間口聞いてくれないから。
彼女の言葉を頭の中で半数しながら、混乱していた。
臣くんが……なんて?


「オッス」
「古森!あれ、聖臣は?」
「便所。2人っきりにしたくないから俺だけ先戻ってろってさ」
「なんで俺そない信用ないん?」
「さぁ?あいつ極度のネガティブだからみょうじが高校の頃、宮兄弟かっこいいって言ってたの気にしてるんじゃない?」
「ええ〜、それ宮くん本人の前でバラしてほしくなかった」
「あんなに楽しそうにバレーする人たち初めて見た!とか言ってたじゃん」
「古森、似てない声真似やめて」


今日は予想外の事がたくさん起こる。
なんや、このカップルは。
揃って俺のファンなんか?ああ〜〜、もう!
じわじわと熱を帯びていく頬を誤魔化すように、辺りを見回すと佐久早がホールの扉を開けて披露宴会場に入ってくるところだった。


この角度、ドンピシャリ。


「なまえちゃん、まつ毛に何かついてんで」
「え!?」
「ほら、目つむって」

言われるままに素直に目を閉じるなまえの顔にぐっと顔を近づける。

「あーあかん、ゴミやなかった。光の加減やったわ」

よかった、今日マスカラたくさんいつもより念入りにつけてきたからダマになってるのかと思った。
そんなことを考えているとグイっとものすごい勢いで腕を引かれ、なまえは思わずよろけそうになる。


「何してんの」


氷のように冷たい恋人の声を不審に思いながら振り返ろうとすると、背に庇われるように佐久早に後ろに追いやられてしまう。

……まずい、佐久早が本気で怒っている。


「何て?」

なぜか佐久早を煽る気満々な宮くんが不敵な笑みを浮かべているのをみて、なまえは頭を抱えたくなった。
なぜだか知らないが、この2人は高校時代から犬猿の仲なのだ。
助けを求め、横を向くとあーあ、面倒くさ。と顔に書いてある古森と目が合った。


「聖臣待って、まつ毛のゴミとってもらってただけだよ」
「は?」
「まぁ、ついてなかったけどな」
「せやで、何を勘違いしたんか知らんけど誤解やで」
「……宮アツ本当ひねくれてんな〜〜角名に聞いてたよりひどいじゃん」


まだ半信半疑というように疑いの目を向けてくる佐久早に、今回ばかりは心の中で謝った。
照れ隠しとはいえ悪ふざけが過ぎた自覚はある。
ただ、自分はどうしても佐久早をみると対抗心が煽られるのだ。


この埋め合わせは必ずバレーで。誰よりも献身的に、臣くんあんたを飛ばせてみせるから。
だって俺は誠実に楽しそうにバレーをする男やで。その信頼に、応えてみせよう。



しかしまぁ……、試合中あんなに冷静な男が彼女の前やと形無しやな。
あんなに取り乱した佐久早の姿を、宮はコート上で見たことがなかった。
ああ、なまえちゃて笑うとかわええなぁ、それからまつ毛が長くて目を伏せたときの色気がヤバイ。



平凡の中の非凡を垣間見た気がして、少しどきりとする。
寒色の中でこそピンクが映えるみたいに、あんたら本間お似合いやで。





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