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活路



 岩泉一は驚いていた。

 幼馴染の不調の原因が、怪我でもドームメイトとの確執でも、あの飛雄ちゃん≠ナもなく、元クラスメイトの女であったことに。

 もちろん、色恋自体を軽んじているつもりは全くない。中、高、大学時代とそれで調子を落とすチームメイトをどれだけ見てきたことか。
 でも、確かに彼はよくモテてたが、そういった俗世間の好いた腫れた云々とは無縁のところにいるようにみえた。

「女の子はさあ、愛嬌がある子がいいよね」

 及川はいつだったかの言葉通り、岩泉からすればお人形さん≠フような女ばかりを選ぶ。道行く人が思わず足を止めて振り返るような、似合いの恋人を連れて歩いても、及川が心底から女に心を傾けたことがないことを岩泉は知っていた。

 もし、バレーの神様が居るとしたら、きっと女に違いないと岩泉は思っている。たぶん、現実のどんな女よりも嫉妬深い。自分がこんな例えを思いつくなんて、柄にもないなと思いながら。

 きっとこれは呪いなのだ。及川がいつまでもバレーを好きでいるための。女神は彼に丈夫な身体と能力、それに驕ることのない屈強な精神を与えた。彼女の目論見通り、及川徹は何よりバレーを愛している。才能だなんてとんでもない、これは呪いだ。    

 そういう彼を少し危ぶむのと同時に、心の底から信用していた。

「あいつは女絡みで調子を落としたりしねえよ」

 だから、みょうじなまえに告げた言葉は本心であって嘘ではなかった。
 彼女は及川がいつも選ぶ女とはどこか違っていた。雰囲気も、言動も。
 周りからは散々、鈍いだの鈍感だの言われてきたが、この時ばかりは野生の勘が働いた。

 ああ、こいつはきっと、及川のことが好きなのだ。

 今俺の目の前で及川になんて興味もクソもありません、みたいな冷めた面をしているこの女は、幼馴染の特別になるかもしれない。
 漠然とそう思った。もちろん、確証はないし、及川が今現在こいつを女として意識しているとも思えなかった。

 でも、もしかして万に一つの可能性で及川が彼女の気持ちに気付いたら、王様が村娘を見初めてしまったら。

 That's one small step for a man, one giant leap for……なんだっけか。

 それはきっと大きな飛躍である。及川にとっては。





 幼馴染からの通話を切った後、 しばらく何も手につかなかった。
 彼女を傷付けると分かっていて、それでもあの部屋へ通い続けていたことの意味が分からないほど子供ではない。同時に認めるのが怖くもあった。
 泣かれただけでこのザマだ。そんなこと過去に散々あっただろう。

 彼女たちは皆、及川を責めた。

「徹くんは悪くないよ、バレー頑張ってね」

 そんな耳障りの良い言葉を吐きながら去っていく彼女たちを引き止めることを、及川はしなかった。彼女たちが欲しいのは、バレー部の及川徹の恋人というステータスだ。……いや、さすがにそれは穿ちすぎだし、中には本当に自分に恋してくれた女の子だっているにはいただろう。でも敏い彼女たちは、こいつはダメだと早々に見切りをつけ、及川から離れていった。

 別にそれでもいいと、本気で思っていた。バレーボールをおいて他に優先すべきものはなかったし、恋愛において失望されることは慣れっこだったから。

 ――そうか、俺は今、みょうじに失望されることが恐いんだ。

 自分の本心に辿り着いて、微かに乾いた笑いが漏れた。こんなに簡単な答えを導き出すのに、随分遠回りしてしまった。わかってしまえば簡単だ。


 だって、自分は曲がりなりにもバレーボール選手だ。選手たるもの、期待には応えねばならない。


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