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変化



 とにかくシャワーを浴びようと思い立ち、散らばった衣服をかき集めて、隣で眠る男を起こさないようにそっとベットを降りようとすると、突然腕を引かれ再びベットの中に引き戻された。

「ちょっと、及川」

 私はあっという間に、彼の胸におさまった。甘い顔立ちとは裏腹に、男らしく引き締まった厚い胸板は、いつも私の心を痺れさせる。

「シャワー浴びたいんだけど」

 こんなことをしていてはいけない。頭ではわかっているはずなのにいつも流されてしまうのは、自分がどうしようもなくこの人に惚れているからだ。

「みょうじ」

 柔らかな声が頭上からふってくる。

 彼が呼ぶのはいつも私の名字。密かにそこに優越感を覚えていた。すべての女の子に優しい王様は、大概の女子を下の名前にちゃん付けで呼ぶ。

「及川くんて、なまえちゃんのことは名字で呼ぶんだね」

 いつだったか、クラスメイトに指摘されたことがあった。そういえばそうだね、なんて適当に流しながら、私にはそれが明確な区別であると思った。

お前には手を出さない∞そういう対象ではない≠ニいう大王様からの意志表意であると。 

 及川は確かにモテたし、いつもかわいい彼女と連れ立っていたけれど、誰ひとりとして長続きしなかった。もって三か月。それもいつも決まって、彼はフラれる側なのだ。彼女たちよりも、バレーを選んだ代償として。

 変なの。だって、バレーが一番じゃない及川なんて、及川じゃないじゃない。そう言った私の顔を、岩泉は神妙な面持ちで眺めた。そしてこう口にしたのだ。

「あいつは女絡みで調子を落としたりしねぇよ」

 なんの、とは聞かなかった。その言葉を聞いたとき、心の底からバカバカしくなったのを覚えている。

 みんな、みんな馬鹿みたいだ。本当の及川なんか見ようともせずに、彼に好かれようとする彼女たちも、あんなにたくさんの女の子たちから愛されているのに、誰にも心を明け渡さない及川も。
 及川はバレーに全てを捧げることで、普通の人間が通らなければいけない事柄から逃げている。それが彼を強くし、弱くする。――でも、

 私は自分が隣には立てない代わりに、対等でいられる権利を得たのだと、ずっとそう思っていた。……でも違った。彼女ですらない不安定な身体の関係は、これを止めればそれっきりだという最後通告に他ならなかった。だからもう、終わりにしなければ。


「んっ……、ちょっ、待って」

 静止の声は届かない。まるで存在を確かめるかのように何度も何度も重ねられる唇に、だんだんと呼吸が追い付かなくなる。次の瞬間、温かな舌が入り込んできて、頭が真っ白になった。

「…みょうじ、キスそんなに嫌だった?」
「……へ?」

 どれくらい経ったのだろう。困ったような、焦ったような、なんとも言えない顔の及川が目に入って、我に返った。あわてて自分の顔に手で触れると、そこはぐっしょり濡れていた。

 ああ、私は私をもう誤魔化しきれない。たぶん、限界がきていたのだ。

「ねぇ、私は及川のなに?」

 驚いたようにわたしを見る及川の明るいヘーゼルの目も、一度口から飛び出してしまった言葉を止める事はできない。

「地元の幼馴染? 泊まりついでにヤらせてくれる女?」
「みょうじ」
「帰って」
「俺は、」
「もう、及川には会わない」

 何か言いかけていた及川を遮りそれだけ言い切ると、一度も顔を合わせずにシャワールームへと飛び込んだ。

 初めて、決定的に及川を拒絶した。でも、これはもう仕方がない。避けては通れない道だったのだと思う。従順でない村娘は、王様のお傍に居続けることはできない。

 サッパリした身体とは裏腹に、鉛のように重たい心を持て余しながらわたしが部屋に戻ったとき、そこに彼の姿はなかった。



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