再開
目を覚ますと、柔らかい朝日が目に染みた。気だるい身体をなんとか起こすと、自分が何も身にまとっていないことに気がつく。
――またやってしまった。
隣で規則正しい寝息を立てるこの男を、ジト目で睨んでみてもなんの解決にもならない。
地元の仙台を離れて、2年前の春から上京してきたわたしは、この1Kのマンションで一人暮らしをしながら大学に通っている。
隣で無防備な寝顔をさらしているこの男――及川とは、いわゆる腐れ縁で、中高と同じ学校に通っていたのだ。
派手ではなく華やか。子供のようで誰よりも大人。
及川徹という男の説明を求められたら、私は迷わずこう答える。
ルックスも愛想も、バレーの腕前も申し分ない及川は、当時からよくモテた。同性からも、異性からも。
当然のように、及川の隣にはいつも学年でもトップクラスのかわいい彼女がいて、わたしはどんなときもそれを眺めている傍観者だった。彼らをヒエラルキーのトップ、スクールカーストの上位、物語の主役とするなら、わたしは舞台袖の端役者がいいところだ。ここでは仮に、村娘Bとしよう。
及川徹がいるクラスに割り振られたことは、もしかするととてつもなく幸運なことであったかもしれない。
びっくりするくらいのバレーバカで、びっくりくらいする優しい。環境が人を作るとはよく言ったもので、及川と同じクラスだった3年間はとても平和だった。いじめなんてものはなく、ムードメーカーだった彼は体育祭、文化祭といった行事でクラスを見事にまとめあげた。まさに王様の中の王様、大王様。みんなが彼を慕い、信頼した。もちろん、村娘Bである私も。
高校卒業後、及川は東京のバレー強豪校に推薦で入学。主役の進路を把握しておくこともまた、端役者の務めである。そもそも、及川徹の進路を知らない人間など、青葉城西にはいなかったのだが。
かく言う私は一般で都内の別の総合大学に合格。
けして会えない距離ではなかったけれど、たぶんもう会わない。それなりに言葉を交わす仲ではあるけれど、わざわざ連絡を取り合って約束を取りつけるほどの関係性ではない。つまりは、そういうこと。
でも、これで良いのだと思った。見込みのない片思いを諦めるには、物理的な距離が一番効く。
そんな及川と再開を果たしたのは、意外にも上京した直後、まだ東京の桜が散り始める前だった――。
◇
金曜の夜、駅前のスーパーで買い物を済ませた私は、ロータリーの前でうずくまる人影を見つけた。今ならば、新歓が横行する春の東京ではよくある光景だと流せてしまうかもしれないが、当時は免疫がなかった。
顔は見えなかったけれど、雰囲気や背格好から察するに、うずくまっているのは自分と大して歳も変わらない男の子であろうことは察しがついた。
「あの、大丈夫ですか?」
ゆっくり顔をあげた人物の明るいヘーゼルの瞳を認識して、私は凍りついた。まさか、こんなことがあろうとは。
「……みょうじ?」
とても再会を喜ぶ雰囲気ではなかった。「水だけでも、もらえると助かるんだけど」という弱々しい口調に観念して、買ったばかりのミネラルウォーターの口をひねった。
大王様の、仰せのままに。
案の定、終電を逃した及川を放っておくこともできず、かといって高額なタクシー代を学生の身分で肩代わりしてあげることも出来ず、私は仕方なくこの大男を自宅に連れ帰ることにした。
20センチ以上差がある及川に肩を貸しながら歩く道中、彼はポツリポツリとことのしだい
を話してくれた。なんでも、新歓で部活の先輩にしこたま飲まされたのだという。
私は彼の話に思わず眉をひめた。成人に達していない新入生をつぶして置き去りにするなんて。
たぶん部の上級生の中には、及川を快く思わない輩がいるのだ。及川がどれだけ練習していたかも知らないで、目に見える華やかさだけを目の敵にして。悔しくて悔しくて、じんわりと目頭が熱くなるのを感じた。
「及川ってバカだよね」
「うん。……みょうじは、意外と優しいよね」
「なに、今さら気付いたの?」
「ううん、知ってたよ」
けっきょく、家に着いて水を飲んで眠ってしまった及川は、翌朝ケロっとした顔で私が起きるのを待っていた。さすがは真の体育会系である。
――みょうじ。及川さん、お腹すいたんだけど。
私は散々文句を言いながらも、手のかかる王様のために、フレンチトーストを焼き、スープを作った。フレンチトーストなんて、普段自分のためには絶対作らない。
その日、わたしたちの間には誓って何もなかった。「ありがとう、じゃあまたね」と帰りがけに玄関で及川は言った。
「よくやった。褒めてつかわす、よきに図らえ」
私は脳内でそっと変換する。
またね――という言葉通り、それから及川は度々この家に遊びにやってくるようになった。
一線を超えてしまったのは、つい三か月ほど前。
私は手を出されないことで、他とは違うと、そう思っていたかったのに。
そんな期待はあっけなく崩れ去ったのだ。