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ほかよりすこしはおきにいりで




 出会った刹那、目と目が合った瞬間に惹かれ合う。
 女の子なら誰でも一度は、ロマンティックな夢物語に憧れるもの。そんなものは酒の肴にもならない、安いドラマの中だけの話だと、笑わないで欲しい。
 少なくとも私には、そんな熱に羽化されていた時期がある。





「あ、みょうじだ、ひっさしぶりー」

 一歩間違えれば軽薄にもとれる、快活で気さくな声を捉えたとき、密かに跳ねた私の心臓とは裏腹に、眉間には思いっきり深いシワが刻まれた。教室の入り口に目を向ければ、やはり。そこには想像通りの人物が立っていた。

「……オイカワ」
「ちょっと! なんでそんな嫌そうなの」

 男の人に向ける感想でこれが適当とは思わないが、きれいな眉を不満げに歪める姿ですら美しいなんて。実に羨ましくて腹立たしい。

 派手ではなく華やか。子供のようで、誰よりも大人。彼の周りにはいつも人が集まる。

 私の及川徹に対する印象は、上記に尽きる。着る人を選ぶ制服の白ブレザーを完璧に着こなし、人好きのする(岩泉曰く、胡散臭い)笑みを浮かべた彼が、長い足を巧みに操って私の座席までやってきた。

「なに、及川とみょうじって知り合いなわけ?」

 前の席の花巻が意外そうな顔で振り返った。

「マッキー知らなかったの? 俺とみょうじは中学からの大親友だよ!」
「同中なだけでしょ」
「みょうじ、冷たい!」

 大袈裟に胸に手を当てて悲しがるふりをする彼をみて、周囲からは自然と笑いが起こった。我らが青城バレー部の主将にして、稀代のセッター。たぶん校内で、及川徹の名前を知らない人はいない。

 そんな及川と私は偶然にも、中学3年間クラスが一緒だった。特別仲が良いわけではないけれど、高校3年になった今でも、顔を合わせれば二言三言、言葉を交わす間柄ではある。
 私たちふたりのやりとりに、花巻は「ふーん」と気のない返事をし、それで用事はなんだと目で訴える。チームメイトからの視線を受けて及川は思い出したように、教室内をキョロキョロと見回した。

 その瞬間、背筋が凍った。

「徹!」

 私よりも半オクターブは高い、かわいらしい声が前方の方から聞こえてきた。わかりきったことだ。及川がわざわざこのクラスに足を運ぶ理由なんて、ひとつしかない。

 ――3組の川島さんて、かわいいよね。

 彼の口からそんな言葉をきいたのは、3年に上がってすぐだった。及川の恋人は昔からコロコロ変わる。隣に置く女の子はいつも性格も容姿も申し分ない。けれど、誰ひとりとして長続きはしなかった。

 それは及川のせいでもあるし、及川のせいではないと言えるかもしれなかった。でも、彼に3人目の彼女ができたとき、私は悲しむのをやめた。
 いや――正確には、悲しんでなどいないと自分に言い聞かせる努力を始めた。

 彼が川島さん初め、歴代彼女たちに向ける表情を見るのが苦痛だった。いつものヘラヘラとした笑顔とは決定的に違った、はにかむような、慈しむような笑顔を見ると、胸がギュッと締め付けられる。

 ああ、この顔がわたしに向けられることはないんだろうな。たぶん、一生――。

 そう思うと無性に悲しくて、うだるような絶望感に襲われる。

「及川」
「なに?」

 振り返った及川がこてん、と首を傾げた。計算しつくされた角度だ、と思う。
 色素の薄い髪と同じ色をした、この明るいヘーゼルの瞳に見つめられると、私は言うはずだった言葉を悉く見失ってしまう。

「何でもない」

 思わず呼び止めてしまったけれど、もちろん用意している言葉などない。

「変なみょうじ。あ、試合また観にきてよ」

 じゃあまたね――。そう言うと及川は、かわいい彼女と共に教室を出て行った。お昼を一緒に食べるのだろう。


 ――ひと目で分かったのよぉ。この人と結婚するって。

 ふと、母の姉である叔母が言っていた、陳腐でありふれた恋愛論を思い出した。
 それは報われない恋にも適応されるのだろうか。

 私にもわかった。この人が私の運命の人だと。結果に関わらず、ひと目みた時から。
 十代の頃の一方的で熱烈な思い込みだと、笑ってくれてもいい。私だってとてもとても、彼との甘い未来を、ハッピーエンドを夢見るなんてことは出来なかった。

 ただこの人がいい≠ニ思っただけだ。

 例えば、彼が苗字を呼び捨てにする女子は私だけであるとか、どんなに人の多い廊下でも見つけてくれるとか。

 そうやって精一杯他の子より優れた点をかき集めて、どうにか日々をやり過ごすのだ。

ほかよりすこしはおきにいりで
(私がこんなに悲しくてても、あの子のお団子は今日も完璧な後れ毛ごと可愛らしい)

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